過去のコラム

2010年3、4、5月

5月8日 学び

恋愛はある種の酩酊状態です。

アルコールのいらない「酔い」と言っても良いかもしれません

その中で、ぶつかったり傷つけ合ったりしながら

自分の中にある醜さや、いつくしみの心を発見し

自分を成長させて行くのが人生の学びなのですが、

妙な期待や幻想で自己完結し、人間的な疑いや、喧嘩もせず

相手の本当の姿を見つめようとしなかった人が

ある日、酔いから冷めたとき、

「裏切られた」と言い出すことが、時々あります。

これは困ります。幻想を見続けさせられなかった相手にも問題がありますが

人は弱い生き物です。いつまでも格好つけていられる訳はありません。

お互い弱い人間である事を認め合い、お互いの弱さを受け入れ、そこから

本当のいつくしみを育てて下さい。誰かのせいにしているうちは

自分を傷つけ続けます。考える事をめんどくさがらずに、よくこの事を

考えて下さい。













別れについて

別れたいのですが......。と言う相談があります。決して少なくありません

別れるなら結婚するな! と言うのは簡単ですが、

少しだけ考えて欲しいことがあります

もし、その人が不治の病で余命を宣告されていたとしたら

貴女はどうしますか?逆の立場ならどうするでしょうか?

めいっぱいワガママを言ったり、男のくせに頼りないと見下したり

するのでしょうか?

多分、残された余命数ヶ月の間、精一杯、相手を思いやり

できる限りの愛を相手に捧げるのではないかと私は思います。

これを読んでいるかたで、もし、好きな人と(家族と)うまく行っていない人が

いたならば、ちょっとだけでも、お互いの命が実はあと何ヶ月かで終わるかもしれない

と仮定して話をしてみて下さい。目の前に、まったく違った映像が生じると思います



命は消えるものです。消えるからこそ、皆、命を慈(いつく)しみ合うのかもしれません。

この瞬間、世界中で、ロウソクが吹き消されるかのように、理由も無く命が消えています。

これは事実です。中国でも、ハイチでもチリでも

神戸でも、新潟でも、東京でも起きたことです。

昨年のインフルエンザでさえ200人あまりの命が奪われました。

どうでしょうか?でも、自分のまわりは大丈夫さ!と言う人がいるかもしれません

私も、そんな一人でしたが

私の親は二人とも、ある日突然、「癌」を宣告され間もなく亡くなりました。

知人の父親も神戸の震災で亡くなっています

日々、一日一日を大事に生きる事です。

人の命は不思議なもので、命の期限を知ったとき、

消え行く命に親密感を感じ、優しさや、慈しみの心を

もつようになる生き物のようです。子供が生まれた時の

親の気持ちも根はここにあると思います。

とても命がイトオシクなる。

どうでしょうか、もう一度、自分とアナタの周りにある

命と対話してみませんか?幸いゴールデンウィークです

時間をたっぷり使って自分を分析してみて下さい。






















運勢についての誤解

運勢について誤解している人がいます。

一番多いのは、運が良ければ素敵な人生が待っている

運が悪ければ、何をやってもうまく行かない。

と宿命論に落ちている人です。

これは、ある意味とても楽な考え方です。

悪いんだからしょうがない。どうせダメさ.....。

ですね。そう言う人は、学生時代のことを思い出して下さい。

もし、数学の先生が、とても美人で(美男子で)やさしく

丁寧な教え方で授業中もユーモアがあって、楽しい。

こんな先生に教わっていたら、多分めちゃくちゃ数学の

勉強はしたのではないでしょうか?

これは一見すると、運が良いように見えますね。

逆に、皮肉屋で、何かにおびえているような、びくびくした

覇気のない先生に教わったら、やる気は起きません。

数学が大嫌いになるかもしれません。当たり前です。

しかし、運勢の立場からすると、

問題は、先生が嫌いだから、数学も嫌いだと直行する、

学生の思考方法にあります。前に運勢は感情を支配すると書きましたが

先生と数学がミソクソ一緒になり、

できない事を先生のせいにしてしまっている自分がいると言うのがリアルな姿です。

これが、運が弱い人の典型的な選択の仕方です。

自分の感情に正直に生きているのですから、本人は楽です。

自分と直面する必要がないから、そこに欠けているものに気付かなくてすむし

気付かぬふりをしていれば努力しないで済みます。

これも一つの人生ですが、他人に依って楽と苦を与えられるだけで、それには抗えません。

どう考えても、本当の意味で自由が無い生き方です。

それで何が悪いのと言う人と何人も話した事があります。

自分の運命を受け入れて、殉じる覚悟があると言いながら、

どうすれば楽になりますかと尋ねてきます。現状を打開する努力をして下さい

と言うと、できませんと答えます。あげくの果てに癒しを求めに来たのにと泣き始めます

心の底を覗くと、やはり、楽をして助かりたい、泣けば何とかしてくれるかもしれない

悪いのは私じゃない。です。それならせめてお経を上げませんかと言うと

できません。と言います。これが運の悪い人の最悪のパターンです。

運の悪さに酔っているとしか言いようがない。実際こうゆう人が沢山います。

これを読んで、なんとなく自分の運が弱い事に気付いたらどうすれば良いのでしょうか?

個々人で差があるので一概には言えませんが、共通して言える事は

こころの会話の中から、どうせやっても無駄、結局.......。そんなこと意味ない......。

誰も判ってくれない、憎い、ウザイ。自分は独りぼっちだ、等々

マイナスの言葉を閉め出す事と、今の苦しみの原因を徹底的に分析する事です。

(不倫の場合は、相手も分析して下さい。大抵の方は、こんな関係はダメだと判った上でやっています。何故、自分が選ばれたのか?何故、相手への思いが切れないのか、愛なのか、執着なのか、ただの現実逃避なのか。現実逃避かもしれないと思ったら、現実を充実させる算段をして下さい。不倫が馬鹿みたいに思えてきます。また、この出会いが運命だと思い切れる人は、それはそれです。)


分析すると何が見えて来るでしょうか?

「みじめな自分です。」これは答えになっていません

ただの逃げの答えです。

やるべき事をやっていなかった自分、相手に任せっきりで

甘え倒していた自分、足を引っ張っていた自分

言い訳しか言わない自分、なんでも人のせいにする自分、

仕事なら職能が足りない、時間を守れない、仕事に対して怠慢だった自分

嘘をつく、都合の悪い事にヒステリーを起こして誤摩化す自分が、

たぶん、一番見たくない自分の姿が見えて来ると思います。

そして、この言い訳は、弱いゆえの自分を守るための一つの姿です。

それはそれで、そうゆう自分を認めてあげて下さい

(そのために宗教を使う人も中にはいます。)

もし、ここまで自分が見えてきたら、あとは、潔く、真っ直ぐ生きて下さい。

足りないことを補い努力し、余計な心のクセを自覚し、やめることです。

その上で、プラス思考をし、積極的に人と交われば

違う人生が始まります。根拠のあるプラス思考だけが道を開きます。

過去は過去。未来は未来。このように考えられれば

生まれながらに運が良い人と、なんら変わりがありません。

努力を惜しまない生き方こそが、自分の船の舵を執る生き方です。

頑張るしかありません。

極端なことを言えば、持って生まれた運勢の負の部分を

変換する事がこの世に生まれた一番の課題なのだと私は思っています。

(負の部分があれば正の部分がある。それを最大限に利用することにも

同じ意味があります。)








4月23日   責任について


「責任」と言う言葉を私は多用しますが、責任て何?

これが理解できないと動けませんね。

人生はよく、航海に例えられます。

大海原に、それぞれを乗せた船が進んでいるイメージでしょうか

ここで、問題です。アナタは船の中のどこにいますか?

よく考えて下さい。

客室?展望デッキ?それともデッキの最先端で、

ロマンチックに鳥のように風を感じているのでしょうか

人生の航海に出航している船だと言う事を忘れなければ、

(アナタが成人しているのならば)答えは明白です。

アナタが船長です。

ブリッジ(船の操縦席)で安全に目標に到達するため

色々な作業をしているのではないでしょうか。

自分の船は自分で舵を執る。これが責任の定義です。

そして、ここに人生の課題の一つが課せられています。

自分の船だ、自分の行き先は自分で決める。乗組員も自分で決める。

これができればこの課題はクリアーです。とても当たり前の事のように思えますが、

人によっては自分の船を自分で操舵する事に、ものすごい恐怖心を持つ人がいます。

生理的に嫌だと言う人もいます。

これが課題たる所以です。それゆえ、自分の船があるのにも関わらず、

自分で行き先を自分で決められないので

誰かの船に曳航してもらったり、ただ、流れに身を委ねたりします。

その結果は、たいてい、難破の危険がある海峡に導かれてしまいます。

これが自分の船を放棄した結果です。

どうすれば良いのか?それは簡単な話です。恐いのなら、良い航海士を頼んで

船を漕ぎ出し、自分の容量に合う航海計画を相談しながら立てる事です。

ところで、

好きな人ができた。でも、どう見ても難破船になる可能性の方が高い。

でも、好きだ。どうしよう。

どうすれば良いと思いますか?死ぬ程好きなら、

その人への愛情を油に勇気を振り絞って

アナタがその人の救難船になる覚悟をし

その準備を不断に怠らなければ

この準備が相手の運を開く鍵になります。

これが「あげまん」と言われる人達に共通する特徴です。

覚悟と度胸がいる人生ですが、その潔さは尊敬に値するものだと

私は思います。それも素敵な人生です。



航海には常にリスクが伴います。それを頭に置いた上で

もし、いま、人生を誰かのせいや、親のせいにしている自分がいるとしたら

見ないようにしていた、自分の舵を確り握り、自分の人生を歩みだして下さい

もし、いま、何かトラブルが起き、それが理由で停滞しているとしたら、

アナタが自分の責任として、それを引き受けた時点で事態は好転し始めます。

責任を取ると言う事は、時に孤独で厳しい選択を迫られますが

真剣に生きるのなら、伴走してくれる、文字通りの

フレンドシップが必ず現れてきます。

良い覚悟を持てば、良い覚悟の人達を引き寄せます。

なにも怖がる事はありません。





10の幸福になる条件

10の幸福になる条件を前に書きましたが、

具体的にどんな幸福が来るの?と問う方いがいます。

その答えは、

会社や社会のルールには縛られていても、それ以外では完全に自由になれます。

つまらない感情的なもめ事や、人間関係の悩みから解放されます。

自分も他人も傷つけない生き方ができるようになります。

当たり前のように普通で平凡な生き方に見えますが、実は最上の運の人が選ぶ生き方です。

財も名誉も無くたって、静かに、人知れず、社会(身近な家族や友人達)に貢献する生き方です。

私は、カッコイイ生き方だと思うのですが。いかがでしょうか?

後半の3つをもう少し解説すると

8、貪りの心をもたない 

貪りのこころは、程度が良ければ向上心ですが、過ぎれば執着になります。そして、この執着の度が過ぎると渇愛に変わります。渇愛とは、砂漠で喉が渇いた人が激しく水を求めるような激しい愛着と辞書にはあるのですが、この愛着はいくら水を飲んでも癒されない喉の渇きです。底なしの欲望で良い加減が無くなってしまう。ゲームオーバーになるまで会社を休み続けるゲーマー、借金で首を吊るまでやるマネーゲーム、恋愛ならストーカーで、無理心中までする人もいます。

これを解決するためには、一度自分と執着する対象の関係性を組み直すことが必要です。いつのまにか、ノリで貼付けられたように、なぜそれを求めているのかが判らなくなり、執する事が生活のリズムの一環になっている場合がとても多く自分では手放せなくなって来ます。それゆえ、最初に帰り、何故?を自分に問う事が必要です。執着する対象が人の場合なら、なぜ、自分は相手を手放せないのか?好きだから?一人になるのが恐いから?自分が一番ふさわしいから?受け入れない相手に対するプライド?客観的に分析してみる事です。すると、一番見たくない自分が見えてきます。そして、本当に自分の中にある相手への愛が目覚めて来ると、相手の幸せを祈り始めます。愛と執着の違いを理解し始めれば、一つの円環が完成し、関係が完了します。これが本当の意味での学びです。



同様に以下の事を分析してみて下さい。

9、怒りで相手を傷つけるような心を持たない

10、嫉妬心や邪な心を持たない


2種類の運命の人

世の中には2種類の運命の人がいます。

一つは、本人の徳が引き寄せた「プラスの運命の人」

もう一つは運勢のマイナス部分が引き寄せた、「マイナスの運命の人」

両方とも運命の人です。

運勢は感情を支配しているのですが、激しい恋に騙される運勢の人は、

一目で、かっこいい、ビビット来ると言って、フィーリングを最優先し

結果、ほとんどがマイナスの運命の相手を選びます。

プラスの人に出会うと、真面目で、つまらないと言います。

運が中庸している人はどこかで妥協できるのですが

強い運を持っている人は、家庭があっても、運命の人を追い続けます。

運勢に支配された感情をコントロールするには

理性を育てる事が必要です、そのためには自分の運勢を認識する必要があります

そのように運勢鑑定を利用して下さい。

4月20日 人であること

人であることの一番の特徴は理性が備わっていることです。

理性とは辞書で引くと、感情に溺れず筋道を立てて物事を考え判断する能力とあります。

反意語は感情的ですね。運勢の星は、この感情を支配します。

星の支配力は強く、昔から激流に例えられます。抗える人は少ない。

そして、感情のままに生きる事はその場は素敵だが、

結果的に苦しいだけだと言うことを身に染みるまで、何度も何度も繰り返します。

それが人間です。そして、この流れから抜け出すために、

人には理性の種が生まれながらに備わっています。

その種を育てることが運勢を変えるための鍵になります。

怒りの感情に苛まれたときは、自分の中にある何が怒っているのかを観察して下さい。

「許せない。」

相手の存在全てが怒りの対象だ!と言う人が多いのですが、相手が自分に対し、やさしく

他の人と同じようにしてくれていたのなら?自分の言うことを聞いてくれていたのなら?

と自分に問う事です。怒りの感情を、自分を分析する事によって、少しずつ剥がせれば、

怒りの本質が見えてきます。(相手の何に腹を立てているのか、自分の何が腹を立てているのか)

怒りの感情は、必ず、徹底的に自分を孤独にし、本人の身体を苛み始めます。自分を傷つける。

相手には、自分を犠牲にしてまで怒る価値があるのでしょうか。考えてみて下さい。

(暴力等で傷つけられた場合はこの限りではありません。泣き寝入りはダメです。)







4月14日

正しい生き方って何? 

追いつめられると一部の人はこのように思考します。

これに対する明確な回答はあるのでしょうか?。

人を傷つけない事が第一です。なぜか?

それは、他人が、自分を傷つけることを暗に容認する事になるからです。

じゃあ、傷つけられている方はどうすれば良いのか?

泣き寝入りしないことです。泣き寝入りすれば、相手は同じことを誰かにやり、

余計に罪を作る事になるし、被害者を増やしてしまう。

戦う事は、結果的に相手を救う事につながります。

相手との関係性で、泣き寝入りせざる終えない立場の場合は

仲間をつのることです。

人は誰でも基本的人権を憲法で保証され、生存権、幸せに生きる権利を持っています

泣き寝入りは自ら、この権利を放棄する事になります。人権侵害に関しては戦って下さい。

戦わなければ、結局、相手の、事故や死や病を願っている自分に気付いてしまうはめに陥ります。

心が濁り、怨嗟に覆われれば、これは救いようがありません、こんどは自分が加害者になる。

(自分の子供や、自分よりも弱い相手を自然にいじめ始めます。)

他人をいじめれば、今度は自分に罰を与え始めます。負の連鎖です。

戦う時は戦って下さい。ちゃんとした理由のある戦いは誰も傷つけません。







4月12日 白虎

年頭の占いで今年は白虎の年と書きましたが、

世界規模で、その通りになっているようです。

白虎とは、別名血神といい流れる血を象徴している象意のある年です。

実際に、自然災害で年頭からハイチで約20万、チリでは約1800人を始め、

フィリピンでは、まさに前代未聞の血の抗議がなされました、

ポーランドでは大統領と国政の要職にある人達が、一気に亡くなりました。
(大統領専用機が落ちたなどと聞いたことがありません。
カチンの虐殺の追悼式出席の日に因縁めいたものを感じます)

どれも一つのニュースとして、自分とは関わりのないものと思いがちですが、

実は、我々の身近でも起きています。家庭ではDV、幼児虐待、親子の反目、

会社では、いじめ、不倫による修羅場、

経営者サイドでは従業員の裏切り等々です。

特に従業員の裏切りは小規模な会社で多く、信頼していた古株の、

ものすごく真面目な人間が癌の原発であることに気付いてしまい、

恐怖におののかなければならない。こんな事も実際はあります。

ただ、この白虎には特徴があり、(自然災害は別ですが。)

わりかし単純で、底が浅く、尻尾を押さえやすく、

証拠を掴んだとき、一気にひっくり返せば、大事にはなりません。

また、深く浸潤した癌のようなリスクに対しては覚悟を決めて、

大掛かりな手術をし、根こそぎ切除すれば必ず回復します。

こうゆう時は、腕のいい弁護士に相談し、速やかに解決をする事が最善です。

個々の場合の血神の作用は、逃げてきた過去からの自業を自得する時期の意味です

過去がクリアーな人には関係のない話ですが、身近な人の業に巻きこまれないよう

注意は必要です。余計なことに首を突っ込まないよう自重して下さい。

4月7日

相性が悪いと言われて落ち込んでいる人がいますが、

悪いと言われたら、先ず冷静に、このまま乗り続けるのか、
それとも降りるのか考えて下さい、乗り続けると決めたら、

「自分を変えて、良くなるんだ!、
  彼にも変わってもらって良くなるんだ!
   幸せになるんだ!」

このくらい前向きに自分を鼓舞して下さい。

そして、どっちも決断がつかない時は、降りることが正解です。

そうすれば、新しい窓から必ず新しい光が射し始めます。

(今までは、まぶしい窓ばかり見つめていたからこの、小さな光に気付けなかっただけです。)

この覚悟ができた瞬間から、お互いの関係が変わり始めます。

心が決まれば、相手を許す事ができるようになるし、

優しくもなれます。

曖昧のままは、ただ、相手にも自分にも不安を与え、

出口の見えない不安を醸し続けます。

実は、この過程こそが最も重要な学びの場です。自分が親になった時、本当の意味で子供の力になれるか、なれないかも、この『今』で決まってきます。ご自分が、過去と未来を繋ぐ、そのど真ん中にいることを忘れないで下さい。

決めれば、案外楽なものです。




2010 4月1日 占師に出来る事

占師って一体『何が出来るの?』

当然出て来る疑問ですね。特に恋愛に苦しんでいる人はイラツきながら読んでいる人が

多いのではないでしょうか。『何が出来るか?』の答えは、

相手の気持ちも、相手に対するあなたの気持ちも判ります。

どんな生き方をしてきたのか、どんな生き方をこれからするのか、

何を怖れて生きているのか、何が欲しいのか。大抵の事は判ります

(ただ、本人が努力し、自分の嫌な所を、必死で治した人に関しては、わかりません。そんな人も世の中にはいます。)

そして、その人の、人と成りが判ると、今起きている事が、星通りの場合、まさに運命の人と出会った

そう、言うしかなくなるときがあります。

官星が強く、年運、大運で官星が回ってきたとき

友達と居酒屋にのみに行き、たまたま階段で目の合った男性と一夜を伴にした。

皇居の周りを散歩していたとき外人に声をかけられ................。実際に起きている話です。

こんな時期に同棲を始めるとDVの男性ばかりとご縁ができます。

まさに、運命の人です。

占師に出来る事は、本人の人生に刻まれている運命の流れ、起きる可能性のある

出来事を見せてあげる所にあります。自分の人生を悪く言われたくない。

厳しい人生は嫌だ、これは当たり前の感情ですが、知らなければ、ほぼ、その通りに

なり、自分のマイナスの点に一番ふさわしい、異性とご縁ができたり、不幸な関係を

随喜して自ら選んだりします(主に不倫ですね)。

星が動き、結果が出てしまったものを、元に戻るように治しをかけるのは、ほぼ無理です。

出来る事は、壊れたものを、壊れたなりに最も安全で、その位置から上がれるように、

本人の心を整理させ、勇気づけ、新しい人生を踏み出す支えになる事だけです。

これが、転ばぬ先ならば、傷のない人生を歩ませてあげる事も出来るのです。

もう一つ、家に食われているという表現がぴったりの人がいます。(主に女性です)

そして、それを自分の運命と信じて、甘んじている人がいます。宗教の人は業がほどけるまでは

無理と言うのですが、遠くに逃げて自立して下さい。自立できれば、逃げられます。

ただし、男に頼って逃げようとすれば、坂を転げ落ちるように落ちてしまいます。

「自立」これが運を開くキーワードです。

(占師と書きましたが、これは私の運勢鑑定のやりかたで、他の先生とは一切関係がないことをお断りしておきます。占師一般の話ではありません。)

最後に、一体何をしてくれるの?と問う人に、あえて言わねばならぬのですが、運が悪いとき、苦しいとき、男も女も、視界が狭くなります。狭い視界の中で、あわてて動き回れば、大事なものもぶちこわします、また、忍耐力が無くなります。我慢ができなくなり、短気を起こし、すぐに結果を求め、収穫の前に果実を食い散らかすようなことを平気でします。それを当たり前としている。私には、それに対し、何もしてあげることはできません。
ただ、少し、落ち着いたとき、話を聞いてあげる事はできます。そして、ここから新しい人生を歩みだした人を何人も見てきています。人生は広くて大きなものです。傷ついたら、傷を治して、立ち上るだけです。
全ては自分の行いと選択です。良い種を育て、悪い芽を摘み、大きな視野で生きることです。

必要な時はお訪ね下さい。

3月24日 

「好きな人に振り向いてもらいたいのですが、どうすればいいのですか?」

「別れた彼と復縁したいのですがどうすればいいですか?」

「人間関係に悩んでいます。どうすればいいですか?」

よく聞く質問です。

先にあげた幸せになるための10の条件をもう一度思い出して下さい。

1、2、3は、その時点でほぼ終わりですが、4以降は、ほぼ平均的生活者が日常やっている事です

そして男女の別れも、出会いも、職場の人間関係の善し悪しも、

全ての人間関係の原因になっています。

そのなかでも8の貪りの心は、文字通り「必要以上に欲しがらない。」という意味のほかに

自分は変わらないけれど、「相手には変わって欲しい」「自分は悪くない、相手が悪い」

このように自分にたいする貪り、高慢さに対する警告の意味もあります。

「高慢で、我を張り通したい」人には、なかなか気付けない所です。

いま、家族がある人、恋愛中の人は相手との会話の中に、この10項目に自分に当てはまる事があれば

少しずつダメージが蓄積されます。

(自分の事や、悪口ばっかり言っている彼女、仕事の愚痴ばっかり言っている彼、部下を罵声続ける上司、上司の悪口、義母の悪口、隣人の悪口、それを側で聞いている子供達等々。言っている本人も、聞かされている相手も心が濁って行きます。)

いつのまにか、皆が冷たい関係に落ち、話をしなくなります。関係が終わる前兆です。

心の中の濁りは、やがて腐り、発酵しガスになり爆発します

家族、夫婦、職場、あらゆる人のいる場所で、過去も現在も、

誰もが経験し、現在も進行している事です


同様に10の項目を守れば、その瞬間から新鮮な純粋な流れが

濁りを浄化していきます。もちろん、時間はかかります。

泥水の桶に清水を少しずつそそぎ、水を入れ替える作業と同じです。

気付いた人からやるしかありません。



(積極的に心の濁りを浄化するための方法には様々な方法があります。いわゆる癒し、ヒーリング、宗教等々ですが必ず注意して欲しいのですが、誰かに紹介されたから行く。ではダメです。紹介者が親だったり、断れないような義理のある人だったりして、本人の選択する自由がないものは、ダメです。結局、起きる事に対して「誰かのせい」で根本的な解決にはなりません。特に宗教はそうです。誰かに押し付けられた感があるうちは、役に立ちません。色々な情報がネットに流れています。良く、研究した上で進んで下さい。効果のあるものも間違いなく、中にはあります。どこまでいっても自主性、自立すること、自分の人生に自分で責任を取る事が何よりも大切です。)













3月19日

手かせ足かせの種類ですが、本人はあまり自覚していませんが、言葉にすると

主に、こんな自分は「幸せになってはいけない。」「満足してはいけない」

「こんなにうまく行くのは間違いだ」というものです。

現状が不幸な場合「これが自分の人生だ逃げてはいけない」

「自分さえ犠牲になれば皆が幸せになれるんだ」

誰もが認める宗教的なもの(主に苦労した教祖様指向で伝統宗教には行きません)

奉仕や布施をものすごく強調する団体にハマるのも特徴的です。

「修行が足りないから皆に認めてもらえないんだ」「お布施が足りないから幸せになれないんだ」

と言うように自分をいじめ抜き、自然に、周りから隔絶されて行く道を選びます。

こうゆう人も苦しくて苦しくて時々占師に相談らしきことをしますが

最初から答えを自分の中に用意しているかたがほとんどです。

今の状況が自分の運命だ、そのことを慰めて欲しい。

新しい人生を初めて下さいと言っても頑に拒みます。

無限地獄そのものです。

実際そうゆうかたがいます。

今、この瞬間、「もう充分罰は受けた、もっと違う人生を歩んでいいんだ」

そう決める事ができれば、違う人生が始まります。

人は何かをするとき必ず確証を欲しがるものでそれが10の戒めです。

ちゃんと守っているんだから大丈夫だと言う、自分との約束です。

約束を守っているうちは、自分を罰する事はしません。

「ありがとうなんて言った事がないのに、最近どうしたの、人が変わったんじゃない、

素直になったし、冷静に嫌な事はちゃんと言うし、

人の良い面しか言わなくなった、うわさ話嫌いになったの?......。」

もし、そう言われ始めたら運命の歯車が良い方に動き始めた証拠です。







3月18日 前回の10の項目について 人の心

人の記憶はビデオカメラのようなもので、ほとんどの心の動き、行動、使った言葉、

その時の感情を記憶しています。その刹那は必死で行動した事を

冷静になって振り返ったとき、何とも醜く汚い自分がそこにいたとすると、心には傷が残ります。

結果、自分を罰することを人は、し始めます。

(まわり、特に父親の期待に応えられなかった時も同じように傷が残ります)

極端な例は誰もが想像できると思うので、とても些細な例をあげます。

年がら年中、足を怪我している少年がいました、お母さんの話を聞いて解った事なのですが、

その子はものすごいめんどくさがりやで、手を使ってやれば良いものを

足を使って物を動かしたり、ものぐさにテレビのリモコンのスイッチを入れたりしていました。

本人は親にも言われているし、それがダメなことも良く解っていたのですが、

楽だからやっていたのです。

私も、もしかしてと思い足を怪我するのはそれが原因かもしれないねと本人に言うと、

「そうかもしれない」と言っていました。その後、時々程度の怪我の頻度に変わりました。

こんな所まで親に連れられてきて知らない人から何気に気になっていることを言われたので

随分気をつけたようです。

この子の場合とても繊細な星を持ち、反省心の強い子だったので

極端に怪我と言う形で出たのでしょうが、程度の差こそあれ誰にでも言えることです。

事実、悪いのは相手の方だったとしても、人の心はそのように出来ているようです。

醜い自分、期待に応えられなかった自分に罰を与えたり、足かせや手かせをつけます。



3月16日 幸福を得るにはどうすれば良いか?幸せになるための10の項目

幸せになりたい、どうすればなれますか?と問う人がいます。

先ずは、「なぜ幸せではない」のかを自分に問う必要があります

欲しいもの(人)が手に入らない?円満な人間関係が得られない?

何でも途中で投げ出してしまう自分が許せない?等々ですね。

今この瞬間は、過去に自分自身が行動した結果です。

今の時期だから、学生などには良く理解できることですが、

たとえば、志望大学に合格できたのは、遊ぶ時間を削って

必死に勉強した結果です。

でも受験のしかたは学校が教えてくれたけれど、

異性の選び方や、恋愛の仕方や、仕事の選び方、家族の付き合いかた

人生については誰も教えてくれない。学歴だけが人生を決めると言われてきた時代とは

明らかに変わってきました。そして最高学歴の人達の繰りなしてきた権勢欲と物欲の物語に

嫌悪感を持つ人達が増えてきたのだと思います。表層的な幸福の象徴が崩れつつある。

本当の意味での幸福論が必要な時代なのかも知れません

仏典によると幸せになるためには10の条件が必要だと説いています。

1、生き物を殺さない

2、盗まない

3、不倫をしない

4、嘘を言わない、他人を仲違いさせるようなことを言わない

5、他人を中傷誹謗しない

6、意味のない無駄なおしゃべりをしない

7、ひとに優しい言葉を使う

8、貪りの心をもたない

9、怒りで相手を傷つけるような心を持たない

10、嫉妬心や邪な心を持たない

これが全て守れれば人は幸福になれると説いています

守れていますか?これを守れない人を凡人と言うそうです。

これから少しずつ解説して行きます。














3月10日  人を恨む事

人生におけるダメージには大きく別けて2種類あります。

一つは運勢に突き動かされ、出会い、裏切られ、傷つけられるもの。これは運勢によるダメージ

もう一つは、恨み、憎み、貪り、妬み、怒りによるもの、本人のこころが作り出すダメージです。

煩悩とでも言うのでしょうか、心が濁る。

この二つは、お互いが絡み合い、増幅し、はてしなくなる性質があります。

前者には抗しきれない所があるのですが、後者のコントロールは不可能ではありません。

実は、この部分こそが、人がこの世にもって生まれてきた課題なのだと私は思っています。

肉体は機能が停止すれば終わりますが、心は終わりません。

心に刻み付けられたものも、そのままです。

その傷は本人だけではなく、その周囲に必ず影響します。個人も国も同じです。


こころの傷を癒すにはどうすれば良いのか?

相手がいる場合は、解決のためにやるべき行動をとった上で、

任せてしまう事です。湧き上がる想念を追いかけない事。

想念に対しては、自分の中にも醜い、汚いものがあるんだと、認めてしまう事

その上で、誠実に生きる自分をイメージする事です。

我々人間は常に、善と悪の狭間にいます。

なぜかと言うと、どちらにも対応できる能力を持って生まれているからです。

言葉は良い方に使えば救済になり、悪い方に使えば詐欺に使えます

それを選択するのは本人の意思です。それゆえ、怒りに任せて心を濁らせてはいけない。

人は、心の傷が大きくなると、より弱いものを傷つけて自分の傷の意趣返しをし、

心を晴らそうとします。子供は学校でこれをやり、サラリーマンは部下に

家庭があれば夫は妻にこれをやります。

それゆえ「より弱いもの」になってはいけない。

自立する事が何より大事な事です。

自分が弱いと思っている人、肉親にそうかもしれない人がいたら、

強くなるにはどうしたら良いのかを一緒に考えて下さい。

3人よれば文殊の知恵です。









2010年 1月、2月、3月

3月31日 恋愛について

恋愛について厳しいコメントが多いですねと言われる事があるのですが

それは違います。

恋愛はして下さい。恋愛によって、人のために犠牲になれる自分や

自分のためには出来ない努力を積極的に相手のためにしている自分を発見したり、

小さな命が誕生した時の喜びや、愛するものが消えて行く苦しみ、色々なものが自分を磨いていきます。

問題は、平等な恋愛ならばいいのですが、我々の目から見ると、

運勢の星の強弱で恋愛をしている場合が多く、最初から性別死別する可能性のある配偶者を選んでいたり

浮気癖のある人であったり、泣かなければいけない星の影響そのままに

恋愛している場合がとても多いのです。

また、社会的な概念で、最初は結婚など考えていない

と言うものの、適齢期になると、どうしても結婚を意識初め、

お付き合いしている人にも結婚さえ言わなければ、長く続くのに、

結婚を持ち出して関係を自ら潰す事をしたりします。

これらの、持って生まれた星を意識する事が出来れば、努力は必要ですが、違う人生が生まれてきます

これが、しくじらない恋愛の仕方ですが、異性との出会いと結婚はよっぽどのご縁がなければ

出来ません。

推命学には婚期というのもあり、官と財の時期と言われているのですが、

実践では、苦労を掴ませられる場合がとても多い。官とは束縛と責任を意味し、

それが大嫌いな人には地獄の始まりになります。実践はそうゆうものです。

それゆえ、何度も書きますが、本人が結婚の覚悟を決めた時が婚期です。

(これが洗心庵の婚期の定義になります。)

沢山する必要はありませんが恋愛は積極的にして下さい。

ただし出会いの場は常識的な場をお勧めします。

前を向いて努力している、常識的で、恋をしてもいい人を選んで下さい。

手近な所で、仕事のできる既婚の上司では最初から火山の火口に飛び込むようなものです。

また、年下の奇麗な青年では、お付き合いが始まれば、

将来、必ず自分の悋気にいたたまれなくなってきます。

恋愛は間違いなく人を成長させます。ただし、道を間違えれば炎熱に落ち、

身近な人を巻き込んで、身を焼かれる事になります。

その結果は極寒のような孤独に身を苛まれることになるのは

本人もよく、判っていると思います

全て覚悟の上なら我々の出る幕ではありませんが、老婆心ながら、ご注意下さい。









3月24日 

「好きな人に振り向いてもらいたいのですが、どうすればいいのですか?」

「別れた彼と復縁したいのですがどうすればいいですか?」

「人間関係に悩んでいます。どうすればいいですか?」

よく聞く質問です。

先にあげた幸せになるための10の条件をもう一度思い出して下さい。

1、2、3は、その時点でほぼ終わりですが、4以降は、ほぼ平均的生活者が日常やっている事です

そして男女の別れも、出会いも、職場の人間関係の善し悪しも、

全ての人間関係の原因になっています。

そのなかでも8の貪りの心は、文字通り「必要以上に欲しがらない。」という意味のほかに

自分は変わらないけれど、「相手には変わって欲しい」「自分は悪くない、相手が悪い」

このように自分にたいする貪り、高慢さに対する警告の意味もあります。

「高慢で、我を張り通したい」人には、なかなか気付けない所です。

いま、家族がある人、恋愛中の人は相手との会話の中に、この10項目に自分に当てはまる事があれば

少しずつダメージが蓄積されます。

(自分の事や、悪口ばっかり言っている彼女、仕事の愚痴ばっかり言っている彼、部下を罵倒し続ける上司、上司の悪口、義母の悪口、隣人の悪口、それを側で聞いている子供達等々。言っている本人も、聞かされている相手も心が濁って行きます。)

いつのまにか、皆が冷たい関係に落ち、話をしなくなります。関係が終わる前兆です。

心の中の濁りは、やがて腐り、発酵しガスになり爆発します

家族、夫婦、職場、あらゆる人のいる場所で、過去も現在も、

誰もが経験し、現在も進行している事です


同様に10の項目を守れば、その瞬間から新鮮な純粋な流れが

濁りを浄化していきます。もちろん、時間はかかります。

泥水の桶に清水を少しずつそそぎ、水を入れ替える作業と同じです。

気付いた人からやるしかありません。



(積極的に心の濁りを浄化するための方法には様々な方法があります。いわゆる癒し、ヒーリング、宗教等々ですが必ず注意して欲しいのですが、誰かに紹介されたから行く。ではダメです。紹介者が親だったり、断れないような義理のある人だったりして、本人の選択する自由がないものは、ダメです。結局、起きる事に対して「誰かのせい」で根本的な解決にはなりません。特に宗教はそうです。誰かに押し付けられた感があるうちは、役に立ちません。色々な情報がネットに流れています。良く、研究した上で進んで下さい。効果のあるものも間違いなく、中にはあります。どこまでいっても自主性、自立すること、自分の人生に自分で責任を取る事が何よりも大切です。)
















3月19日

手かせ足かせの種類ですが、本人はあまり自覚していませんが、言葉にすると

主に、こんな自分は「幸せになってはいけない。」「満足してはいけない」

「こんなにうまく行くのは間違いだ」というものです。

現状が不幸な場合「これが自分の人生だ逃げてはいけない」

「自分さえ犠牲になれば皆が幸せになれるんだ」

誰もが認める宗教的なもの(主に苦労した教祖様指向で伝統宗教には行きません)

奉仕や布施をものすごく強調する団体にハマるのも特徴的です。

「修行が足りないから皆に認めてもらえないんだ」「お布施が足りないから幸せになれないんだ」

と言うように自分をいじめ抜き、自然に、周りから隔絶されて行く道を選びます。

こうゆう人も苦しくて苦しくて時々占師に相談らしきことをしますが

最初から答えを自分の中に用意しているかたがほとんどです。

今の状況が自分の運命だ、そのことを慰めて欲しい。

新しい人生を初めて下さいと言っても頑に拒みます。

無限地獄そのものです。

実際そうゆうかたがいます。

今、この瞬間、「もう充分罰は受けた、もっと違う人生を歩んでいいんだ」

そう決める事ができれば、違う人生が始まります。

人は何かをするとき必ず確証を欲しがるものでそれが10の戒めです。

ちゃんと守っているんだから大丈夫だと言う、自分との約束です。

約束を守っているうちは、自分を罰する事はしません。

「ありがとうなんて言った事がないのに、最近どうしたの、人が変わったんじゃない、

素直になったし、冷静に嫌な事はちゃんと言うし、

人の良い面しか言わなくなった、うわさ話嫌いになったの?......。」

もし、そう言われ始めたら運命の歯車が良い方に動き始めた証拠です。










3月18日 前回の10の項目について 人の心

人の記憶はビデオカメラのようなもので、ほとんどの心の動き、行動、使った言葉、

その時の感情を記憶しています。その刹那は必死で行動した事を

冷静になって振り返ったとき、何とも醜く汚い自分がそこにいたとすると、心には傷が残ります。

結果、自分を罰することを人は、し始めます。

(まわり、特に父親の期待に応えられなかった時も同じように傷が残ります)

極端な例は誰もが想像できると思うので、とても些細な例をあげます。

年がら年中、足を怪我している少年がいました、お母さんの話を聞いて解った事なのですが、

その子はものすごいめんどくさがりやで、手を使ってやれば良いものを

足を使って物を動かしたり、ものぐさにテレビのリモコンのスイッチを入れたりしていました。

本人は親にも言われているし、それがダメなことも良く解っていたのですが、

楽だからやっていたのです。

私も、もしかしてと思い足を怪我するのはそれが原因かもしれないねと本人に言うと、

「そうかもしれない」と言っていました。その後、時々程度の怪我の頻度に変わりました。

こんな所まで親に連れられてきて知らない人から何気に気になっていることを言われたので

随分気をつけたようです。

この子の場合とても繊細な星を持ち、反省心の強い子だったので

極端に怪我と言う形で出たのでしょうが、程度の差こそあれ誰にでも言えることです。

事実、悪いのは相手の方だったとしても、人の心はそのように出来ているようです。

醜い自分、期待に応えられなかった自分に罰を与えたり、足かせや手かせをつけます。






3月16日 幸福を得るにはどうすれば良いか?幸せになるための10の項目

幸せになりたい、どうすればなれますか?と問う人がいます。

先ずは、「なぜ幸せではない」のかを自分に問う必要があります

欲しいもの(人)が手に入らない?円満な人間関係が得られない?

何でも途中で投げ出してしまう自分が許せない?等々ですね。

今この瞬間は、過去に自分自身が行動した結果です。

今の時期だから、学生などには良く理解できることですが、

たとえば、志望大学に合格できたのは、遊ぶ時間を削って

必死に勉強した結果です。

でも受験のしかたは学校が教えてくれたけれど、

異性の選び方や、恋愛の仕方や、仕事の選び方、家族の付き合いかた

人生については誰も教えてくれない。学歴だけが人生を決めると言われてきた時代とは

明らかに変わってきました。そして最高学歴の人達の繰りなしてきた権勢欲と物欲の物語に

嫌悪感を持つ人達が増えてきたのだと思います。表層的な幸福の象徴が崩れつつある。

本当の意味での幸福論が必要な時代なのかも知れません

仏典によると幸せになるためには10の条件が必要だと説いています。

1、生き物を殺さない

2、盗まない

3、不倫をしない

4、嘘を言わない、他人を仲違いさせるようなことを言わない

5、他人を中傷誹謗しない

6、意味のない無駄なおしゃべりをしない

7、ひとに優しい言葉を使う

8、貪りの心をもたない

9、怒りで相手を傷つけるような心を持たない

10、嫉妬心や邪な心を持たない

これが全て守れれば人は幸福になれると説いています

守れていますか?これを守れない人を凡人と言うそうです。

これから少しずつ解説して行きます。

















3月10日  人を恨む事

人生におけるダメージには大きく別けて2種類あります。

一つは運勢に突き動かされ、出会い、裏切られ、傷つけられるもの。これは運勢によるダメージ

もう一つは、恨み、憎み、貪り、妬み、怒りによるもの、本人のこころが作り出すダメージです。

煩悩とでも言うのでしょうか、心が濁る。

この二つは、お互いが絡み合い、増幅し、はてしなくなる性質があります。

前者には抗しきれない所があるのですが、後者のコントロールは不可能ではありません。

実は、この部分こそが、人がこの世にもって生まれてきた課題なのだと私は思っています。

肉体は機能が停止すれば終わりますが、心は終わりません。

心に刻み付けられたものも、そのままです。

その傷は本人だけではなく、その周囲に必ず影響します。個人も国も同じです。


こころの傷を癒すにはどうすれば良いのか?

相手がいる場合は、解決のためにやるべき行動をとった上で、

任せてしまう事です。湧き上がる想念を追いかけない事。

想念に対しては、自分の中にも醜い、汚いものがあるんだと、認めてしまう事

その上で、誠実に生きる自分をイメージする事です。

我々人間は常に、善と悪の狭間にいます。

なぜかと言うと、どちらにも対応できる能力を持って生まれているからです。

言葉は良い方に使えば救済になり、悪い方に使えば詐欺に使えます

それを選択するのは本人の意思です。それゆえ、怒りに任せて心を濁らせてはいけない。

人は、心の傷が大きくなると、より弱いものを傷つけて自分の傷の意趣返しをし、

心を晴らそうとします。子供は学校でこれをやり、サラリーマンは部下に

家庭があれば夫は妻にこれをやります。

それゆえ「より弱いもの」になってはいけない。

自立する事が何より大事な事です。

自分が弱いと思っている人、肉親にそうかもしれない人がいたら、

強くなるにはどうしたら良いのかを一緒に考えて下さい。

3人よれば文殊の知恵です。









2010年 3月8日

家相の話

家相の見方は色々な流派があり、日本には易の理から家の中心(太極)から東西南北を8方位にわけ、はり、欠けを見る家相学と九星術を固定的な象意として、吉凶の方位を断定してしまい、個別の運を考慮しない少し乱暴な派が主流です。また最近では、中国、台湾、香港、欧米で主流になっている玄空、八宅派を中心とした情報が沢山入るようになってきました。とても良い事だと思っています。

30年ほど前、友達の家が家運をかけて喫茶店を開く事になり、家運を賭けているものですから、当時のものすごく偉い○○の先生の指導のもと内装から配置、開店の日まで決めてもらい、家族中で方位取りの旅行までしたのですが、半年で店は潰れました。実際起きている事はこんなものです。

家相があるかないかと問われれば、家相はあると思います。それは、人に運勢があるように、家にもまた、その形、部屋、それぞれに個性があるのだと思います。そして、その家に入る人との相性により、結果として、その人の運勢を助長したり、削ったりするものなのではないでしょうか。

よく家相の話をするとき、ヤドカリと同じで、人はその人の、その時に一番合った家に住むようになるという例え話をしてくれる先生がいましたが、その通りだと私は思います。

中古住宅を買う場合は必ず、前に何があったのか、自殺者はいないか、癌で死んだ人はいないか、離婚はなかったかを確認して下さい。それでも、どうしても、そこに住む必要があるのなら、化殺を施してみて下さい。市販の中国風水系の本にあるものでいいとおもいます。

昔から形あるものにはすべて霊が宿ると言われてきました(霊を気と言い換えても良いと思います)大きな家ならなおさら、その家独特の気があり、その性質が家独特の傾向を住人に与えている事は確かです。

それゆえ、やはり、家の中は常に清潔にし、整え、生気に満ちた空間を作り出す努力が必要です。
その上で、運勢上の嫌な星が刺激されたり、動き出したら、それは家からの影響を疑ってみる事が必要です。もし、理由もなくイライラしたり、家族に当たり散らしたりしている人がいたら、ちょっとした改善で、余計な刺激は消えて行きます。試してみて下さい。



2010年 3月2日

世界中で白虎が暴れていますね。

オリンピックにしてもトラブル続きでした。

象徴的に見えたのは点火台と製氷車で、たぶんコンピューター制御でのトラブルだと思うのですが、

デジタル化というか、コピューターに依存しすぎている事に対する

何かの警鐘だったように見えたのは私一人でしょうか。

かといって、いまさらコンピューター無しの生活は成り立たなくなっています。

ただ問題なのは我々の社会までがデジタル化し、数字が評価のすべてになり、

設定ラインを超えないものは切り捨てて当たり前になってしまった事です。

そし究極的な合理化企業であるT社の今回の問題は、なんとも皮肉な事例です。

合理化、合理化といってデジタル化し、切り詰めて得た金額がそのまま消える雰囲気です。

リスクマネージメントだけはくれぐれも注意し、芽が小さいうちに摘み取る事が肝要です。

企業自体の命取りになります。

経営者にとっては厳しい状況がまだまだ続きそうです。

せめて、人の和を大事にし、心だけは荒まないようにしたいものですね。



2010年 2月23日 運勢の強弱について

運勢には強弱があります。弱いから悪い訳ではなく、強いから良い訳でもありません。

弱い方の典型的な現れ方は、責任回避と現実逃避なのですが

これは、責任に対峙したとき、重い、苦しくなる、責任は負いたくない、苦しいのは嫌だ、

と言うような現実に対する恐怖心と、自分には出来ないと言う自信の無さがこころの底の姿です。

恋愛のしかたも受け身が多く、相手次第の恋愛で傷つきやすい。

自ら恋愛をするときは、どうしても、自分より立場の悪い人を選びやすい。

自信がないゆえの、選択です。

運が悪い人は幸せになれないのですか?と言う疑問が当然起きてきます。

答えは、自然な生き方をしていたら負け役を受け持たされやすい。

集団に入った時、ストレスのはけ口にされやすい。これは事実です。

それゆえ、特別な生き方をしなければなりません。

自信を身につけるための寄り道をどこかでする事が必要になります

運勢が弱いと言うのは、例えるなら、大草原を身を守る武器も、仲間もなく、

生まれながらに強い肉体にも恵まれず、一人で生きなければならないようなものです。

けれど運勢が絶対かと言うと、人には、「こころ」という、運勢に影響はされるが、

意識することによって運勢から独立できる特別な装置が誰にでも備わっています。

「自分は弱い」と自覚した瞬間からそれは発動し、修正するべく行動します。

いわゆる運の良い人は当たり前なこととして弱い自分があると気付いた時

改善するための努力を人知れず当たり前の事として実行していますが、

大抵の普通の人は、頭でっかちの屁理屈屋で、やったって無駄と妙な悟りを得て

自然な生き方の中で苦しみを日常としながら、普通に生きて行きます。

これも一つの生き方ですし、忍耐が続くのならば、良い人生だと私も思いますが

もし、あなたが10代で自分の将来に夢を描くならば、そのための具体的な努力を

今すぐ初めて下さい。人との出会いを大事にし、実力をつけ、人の影に隠れたりせず、

自分の課せられた責任を果たし、前に出る事に怖じけずかなければ

夢は叶うと思います。






2010年 2月11日

前にも書いた事があるのですが、大事な事なので、別の角度から、もうすこし詳しく書きます。

恋愛相談のとき「このままで私は幸せになれますか?」という問いをなさるかたがいます。

このような気持ちが起きる原因は、

過去の辛い経験がまた繰り返されるかもしれないという恐怖からですね。

そして、同時に、その人と一緒になれれば幸せになれるかもしれないという期待からです。

程度の差こそあれ、自分の中で過去が清算され、新しい自分として生きようとし始めている。

ちょうど今の時期の花芽のようなものです。大事にしたい。

あらゆる人は、有名人だろうが、お金持ちだろうが、権力者だろうが、

私も含めみな運勢の病気にかかっています。それぞれが運勢上の凸凹(病気)を持ち、

それぞれの所属するステージで同じような苦しみに身を苛まれています。

この病は運勢の流れの中で回復する人もいますが、最も有効な方法は

恋人どうしなら、お互いがお互いの病に気付き、意識し合い、ともにその病を癒し、治して行く。

このお互いを見つめ合う心の触れ合いこそが愛を育み、信頼関係を深める最大の道になります。

家族なら家族全員がそれぞれの病を認識すれば、年長の家族が、叩いたり、押さえつけるのではなく

冷静に将来に対する備えを、指導できるようになり、家族の結びつきが深まります。

「指導できない、母親に全部任せている」と言うのは家族に対する責任放棄なのですが

このこと自体が病気であることを本人は認識していません。

相手の病を知る事とは真の意味で相手の本質を知る事です。

熟年離婚のほとんどのかたが言う共通の言葉に、

「昔は、こんな人ではなかった。」と言うのがありますね

人は恋愛すると、相手に、自分の幻想をかぶせます。(たまに、打算をかぶせる人もいます)

でも幻想も幻覚も現実のフィルターにかけられると、

時間とともにだったり、突然だったりの差はありますが、必ず消え去り

相手の生(なま)の姿が見えてきます。このとき大きな傷をつけたり、つけられたり

取り返しのつかない事がおきます。



だからこそ、幸せになるためには、お互いが、お互いの病を一緒に見つめ、受け入れ、

その事をお互いが感謝できなければ始まりません。

運の良い人は病の重さが軽い分、お互いを許容する量が少ないので、

たいした努力をしなくても幸せにやっていますが、

病が重い人は、それなりの理解がお互い必要になってきます。

苦しみには苦しみの原因があり、幸せには幸せの原因があります。

人と人の関係すべてに共通して言える事ですね。

どうか、幸せを、側にいる人とともに掴んで下さい。

先ず、この病の中で必死に生きている自分自身を敬(うやま)って下さい。

そして、同じように病の中にあり戦っている相手に敬意をはらって下さい。

そこから初めて下さい。必ず幸せはつかめます。














2010年 2月10日

恋人関係にしても、家族にしても、本当の意味で相手を知っているという人はほとんどいませんね。

その人の表面的な生き方しか見えていないというのが現実です。

運勢による幸運に乗っているだけで、一定の時期だけ、光り輝く素敵な人に見えることがあります

そんなとき、永遠に素敵な人と思って一緒になり、その一時期が終わった途端メッキがはげ、

リアルな本人を見てしまうと幻滅が始まります。

相手に対する期待や信用が実は自分勝手な幻想だったことに、ある日突然気付かされることになり

慌て、悩み、妥協する事が出来なければ、別れに繋がる場合が多い。残念な事です。

これと全く逆な場合を想像してみて下さい。

相手の持って生まれた星を知る事を言っているのですが

今どんな時期にいるのか、相手の価値観は何なのか、苦しい時期にどれだけ頑張れるのか

相手の魂に刻まれているものは何なのか、

正しい運勢鑑定では相手の人生すべてがあからさまに現れます。

それに照らし合わせ、現実に起きていることを見れば、

本人がどれくらい死にものぐるいで頑張ってきたのかが解ります

それが、どれだけ尊敬に値する事かは言うまでもない事です

子供など特にそうなのですが、魂に孤独が刻まれている子に

あれせい、これせい言っても、引きこもるだけです

まず、孤独を癒すところから始めなければどうにもなりません。

誰かが気付いてあげればまったく違う将来が生まれます。

また、自分を知る事により、持って生まれた星の影響で

自分が知らずに反応をしていたんだと言う事が解ります

自分もそうなら相手もそうだという事が理解できれば

今の何倍も相手に対し優しくなれるし、起きている問題に対し

客観的に対処できるようになります

そして、家族全員がお互いの星を知るチャンスがあれば、足りない所を補い合い、

出っ張っている所を無理なく引っ込める事が出来るのではないでしょうか。

親しい間柄だからこそできる作業であり、本物のチームになります。

家庭を持って幸せになりたいという人がほとんどですが、その方法を知っている人はあまりいません。

その方法こそ、真の意味でお互いを知る事です。

そこから全てが始まります。


2010年 2月1日

4日の立春から新しい年になりますが、あちらこちらで、季節の変わり目の現象が起きているようです。

暦で言うと天干庚が金、地支の寅は木の五行となり天地が喧嘩している形になり、

ここ1、2年苦労がなかった人にとっては、仕事上、健康上の苦労が起きやすく、

また、苦労が多かった大多数の人にとっては、夜明けが到来する時期なのですが、

4月あたりまで引きずる可能性があります。気をつけて下さい。

また、今年は、長年の怠慢によって起きている現象を清算しなければならない年でもあります。

覚悟して下さい。覚悟が出来れば次のステップのための扉が必ず開き始めます。潔さも大事になります。




ともに生きるという事


思春期の子供を持つ親御さんに時々あるのですが

自分の定規で子供を計り、自分自身の当たり前(常識)を子供に押し付けます。

この頃の子供のほとんどがそうなのですが、しかられるから親に逆らうのではなく、

親から言われる事自体が、鼻につき、切れています。

子供のためを思い刺激しないように言ったのに。と皆さんおっしゃいますが

子供にとっては、何か言われること自体、自分自信を頭から否定される感覚になり、結果、切れます。

どうすれば良いのか? 

相手が切れているとき、こちらの都合で(不安だから、寂しいから等々)声をかけても、

余計に切れられるだけです

ただ、相手を見守り、彼らの抱えている問題に触れる事なく、

つまらない、どうでもいい日常の会話をしながら、

彼らが発しているサインを注意深く見落とさないようにし、

何か言いたそうなとき、どうしたの?と声をかける事です。

理知的なかたほどこれが出来ない。答えだけを求めてしまう。

もっとボーとなって、あなたのなかに彼や、彼女達のスペースを作って下さい

必ず相手に、それは伝わります。

親子の愛に限らず、愛には忍耐が必要です。

(忍耐なんて言っているうちはダメなのかもしれませんね。大きな愛とでも言いましょうか)

もし、皆さんに子供のような恋人がいて、ずっと一緒にいたいのなら

あなたが、大人になって、大きな愛を学んで下さい。

それも素敵な人生かもしれません。


悪い運期に入ったいる人や、心に傷をもっている人は、何度も何度も相手を試します。

石橋を叩いてたたき壊すような事も平気でしでかします。

こちらが諦めたらそれで終わりになります。

常識ではそのまま別れるのが一番ですが、本人の気持ち次第です。










人相について

良い恋愛をしたい。良い人を雇いたいと思った時、

「良い人」が来る事を、いつも意図している事は物凄く大切です。

これは引き寄せの法則ですね。

しかし、釣りでもそうなのですが、いくら思っていても、ツキが無い時は

大抵、意図に反したものが寄ってきます。

でも、なかなか、それが見破れなくて、苦労している方が多いのが、現実ですね。

そんなとき、信用できる占い師さんに相談できれば、ラッキーなのですが、

実際は当たり外れが多いのも事実です。どうしたら良いのでしょうか?

こんなとき私が勧めたいのは、その場で決済できる占術です。

話が盛り上がって、誘われたとき

「ちょっと待って、今、カードで占うから。」

では、ただの不思議ちゃんになってしまいます。

出会いを大事にしたい人は、人相術を勉強して下さい。

相手の顔を確り見て、盛り上がりながら、相手の人相を自分で鑑定し、

自分の責任でお付き合いをする。

自分なりの判断基準があれば、めちゃくちゃ素敵な雰囲気でも、どこか冷静でいられ、

確信を持ってNOが言えるようになります。(もちろんYESも言えます)

人相については、いろんなサイトもあるし、本も出ています。

自分の顔と照らし合わせながら、

一番あたっていると思った本を買えばそれで大丈夫です。

今年は、誰にも相談せずに、突っ走りたい人が多くなりそうなので

先ず、走りだす前に、相手を見定めるパワーアイテムを持つことを勧めます

是非今年は、転ばぬ先の杖を身に付けて下さい。

その上で力強く羽ばたけば、鬼に金棒ですね。











年頭に当たって

2010年は庚寅の年ですね。庚は白を表し白い寅の年になります。

これは「白虎」と言い断易では血神と言われています。

事象としては戦争や争い、性格的には短気、残忍性が表に出やすいのですが、

ここ数年の事件を見ていると、とっくに白虎の時代にはいっています。

でも、生き物は不思議なもので、痛い目をみたとき、それに対しての

対処の方法を見つけ、出来るだけ痛みを緩和したり、改善したりする

本能があります。恒常性というものですね。

この瞬間にも、我々の深い心と肉体はそのための活動をし続け命を守ろうとしているのだと思います

他人も又、自分と同じように、自分自信を必死に守ろうとしている事に気づけば、

もう少し他人に対して優しくなれるのかもしれません。

今年をキッカケに、皆が財に恵まれ、和し、明るい時代の始まりになると良いですね。








人生をデザインすること

誰にでも、「人生をもう一度やり直せたら」と思う時があると思います。

そんなとき、いつ頃からやり直せたら、自分は違う人生を送れたのだろうか?

最初は親、次は恋愛、次は進学、次は就職、次は結婚

どれも、自分対他人と言う構図があり、個人対社会とも言え、すべて

相手から見た(評価される)自分自身に直面しなければならない場面です

自分の価値が他人から評価され、価値がない者のように扱われたり、

時にはたった一人ぼっちだと孤独に苛まれたり、

ぶつかる相手次第でどんな風にも変わってしまいます

特に女性にとっては結婚が、男性にとっては仕事が顕著です。

(クラス会などにいくと若いうちは、ほとんど、男子は就職と仕事の話が主で、

女子は結婚と恋人がいる、いないの話題です。

年をとれば、男女ともほとんど昔の思い出と健康の話なのですが.......。)

このように、子供のころから人は、社会と対峙し、その中で生きていかなければなりません。

そして、運が良い人の生き方を見ていると、それぞれの転換期に大抵アタリくじを引いています。

しかし、それは偶然アタリを引いているのではなく、その人の培ってきた実力が引かせているようです

その人の器に遇った大きさの生きる目的(夢)を小さいときから持ち

それを実現するために努力をし続け、端から見れば面白くはないが、堅実な生き方をし、

多少の台風がきても、堅実さゆえに、たいした被害も受けずに過ごし、

子供の育て方さえ間違えなければ、奇麗に老いて行きます。

そうでない人は実現するための努力をともなわない夢の中で夢を見たり、

その場限りの人生や、孤独な人生を選択しやすい。このような人が人生の選択の場で選ぶものは

家の徳に守られていない限り、その場はとても華やかで、素敵で魅力的ですが、

時間とともにメッキが剥げてしまうものを選んでしまいやすい。残念なことです。

年頭から言っているように、昨年と今年は多くの人にとって

自分の人生を試されている年だと思います。

いま自分がどの方向に向かって生きているのか

もう一度自分の人生のデザインをする時期なのかもしれません

修正するのに遅すぎると言うことはありません。

お経の話

家のごたごたが絶えない、謂れのない、差別や人権蹂躙、DVやどうしようもない人間関係の執着に悩まされてきた人、どう考えても霊関係かな?と疑われる事象のある人。かつては、庄屋や、冨農、または名家、名家でなくとも代々その土地に住んでいるひと、ここ何代かで衰退した家系の方で、トラブルが絶えない等々の方に、是非、試していただきたいお経があります。
法華経 如来寿量品十六、の自我偈(要点を簡略にまとめた詩)がそれですで。法華経の真髄が述べられている段で、天台宗でも日蓮宗でも、とても大事にされているお経です。大事にされているのには理由があり、それは、亡くなった方たちの思いを解放させる力があるお経だからです。お経を体得するために本来、お坊様は命を削って修行なさるが(稀な話ですが・・。)我々凡夫が読誦しただけでも、誠意と信仰をもって経に向かえば、必ず薄皮をはがすように、トラブルが収まっていきます。

このお経をあげ始めると、行じた人だけしか理解できない現象が起き始めます。お経は仏具屋さんで、天台宗の日常勤行と言えば800円ぐらいで販売しています。一日7回から100回読み上げてみてください。自分の耳に聞こえる程度の声で十分です。もし思い当る亡者がいるのならば、先に、誰某のために読みます、と言ってからあげていきます。最後に回向を必ずしてください。経をあげた徳を、順縁、特に逆縁の亡くなった方に回してあげることを回向と言います。これがポイントになります。

この経を依経としている宗教団体が沢山あります。しかし神仏を敬うことと、団体に入ることは別ものです。人の集団は、集団になった時点で、個人の意思は排除され、特に宗教は人を支配したがるものです。会社も宗教も同じところにあります。その団体、個人に対する忠誠心で物事を測り優劣と階級を決めるものです。何かに縛られずに生きる為には、中立な立場を常に意識することが不可欠です。

最初はお試し信心で結構です。苦しんでいる人にとって、効果のないものは意味の無いものです。ですが、何もする前から諦めていては、苦しみの中で、ただ朽ちていくだけです。経にすがることは、その方にとっては、死んでもやりたく無いことかも知れませんが、騙されたと思って、経にすがり、もがいて下さい。その上で本人が必死に努力すれば、苦しみは必ずほどけます


自我偈の意味を解りやすく知りたいと言うかたがありましたので私の解釈する自我偈の意訳を載せることにしました。

文責は全て私にあり、研究者のかたのそれとは違う解釈もあります。願わくばこの意訳が多くの生者および、亡き人々の迷える魂に響き、苦海から逃れる切っ掛けが出来ますよう心から祈願しここに公開いたします。


意訳 自我偈

われわれ仏の悟りを得た行者が仏陀として教えを説き始めてから、

数限りない年月が流れた。

その間、数えきれない程の人々が教えを受け、仏となる道に導かれた。

今生に生まれた者には必ず死が訪れるように、私の肉体も滅びる。

これは仏でも否定し得ないこの世の法則である

しかし、仏としての存在は肉体を超えた形で存在し続け

常に求める人々に教えを説いている

特別な霊眼のある者にはその姿が見えるが

煩悩の濁塵(だくじん)に汚れた目の者には見ることができない

人々は私の死に出会い、私の残した骨や衣鉢を懐かしみ塔を作り供養する

人々の信仰心と信仰による行いが熟し、

心から私の姿を見ることを望むのならば、

霊鷲山で法を説いた時のように弟子とともに必ず姿を現そう。


仏に信を起こす者よ

仏は不滅であるがこの肉体は滅する物である、

しかし肉体が滅しても、仏は存在し続け、信を起こす者には、

住む場所を問わず、常に正しい教えを説きつづけている

このことを知らぬ衆生は、救いの方法がないと思い込み、

いまも輪廻の迷いの海に苦しんでいる

それゆえ、私は軽々しく姿を現さず、

人々がこの苦海に追われ、ここから逃れるため、

必死に仏を求めたとき、その真心に応じて姿を現し教えを説こうと思う

仏の力はこのように永遠で、必死に、真心から

輪廻の轍(わだち)から解き放たれるための、

仏陀になるために教えを求める者の前には、必ず姿をあらわす。


人類の業が尽きた時、人々が培(つちか)った

あらゆる文明が火に焼かれ崩壊しようとも

仏国土と言われる仏の世界は常住で安定し満足し、欠けるものがない

煩悩に迷える者はこのとき業火に焼かれ、苦しみの絶頂に会う、

この世が苦海であることを悟らず、楽しみ味わう者は、

この業の報いにより、何世にも渡って

仏になる教えとの縁が生じ難い。

発心をし、菩薩の誓願をたて、善行をなし、

心素直(こころすなお)に仏の教えに耳を傾け、実践する者がいれば、

そこに、仏である私が共(とも)にいる

このように修行が結実し始めている者には仏の命は永遠だと説き、

信ずることすらグラツイている、いまだ修行の及ばない者には

仏には会い難いと説く

仏の知恵はかくのごとく無限、無量でその寿命も尽きることがない

そして、この知恵は長い時間をかけた修行の結果得たもので、

私が特別だったから得られたものではない


知恵ある者よ ここで疑念を起こしてはいけない。

疑念は何度も起きて来るがその度に信のこころをもって疑念を晴らしなさい

仏の言葉は常に良く考えられ、必ず必要な結果が生じる

医者が狂った息子を治すために、方便を使い、

死んでもいない自分が死んだと息子に言い、彼を正気付かせ、薬を飲ませ、

治癒させたという話のごとく

仏もその医者と同じように方便を使って、生きとし生ける

あらゆる生きるものを救おうとする者である

普通の人々は、今しか救われる機会はないと言わなければ、

真剣に教えを聞こうとしない。

それゆえ、仏は普遍の存在だと言ったり、衆生と同じ人としての肉体を持っている

今しか救われる機会はないと言ったりするのである。


どんな時でも仏は救ってくれるんだと知ったとき、残念なことだが、

人は安心してしまい、よっぽど差し迫った苦しみが襲ってくるまでは、

此の世の楽しみを謳歌しようとし、仏法に見向きもしない

それゆえ、私は人々のそれぞれの機会(苦)に応じて法を説き

常に、それぞれにとって、この輪廻の苦しみから脱するための最善の方法は何か

どうすれば救済できるかを念じている。




以上                  


できるならば、音読して下さい。
それにより苦しみの原因である執着が、自分からも、敵からも消え、
それぞれに、生きとし生きるものを慈(いつく)しみ、どんな人でも、
「人として成長できるんだ、仏と言われるような完成した人格になれるんだ。」という希望が
魂の底から湧(わ)き上がってくることを、こころより祈念いたします。
 

2009年

己丑の年、九星では九紫中宮の年になります。2月4日の立春から具体的事象が起きてきますが、その兆候は年明け早々からおき始めると思います。泥をかぶせされる現象、謂れのない誤解やぬれ衣を着せられたり、うっかりや思い込みが大きなトラブルに変わりやすく、我を張ることが別れにつながり、小さな誘惑が取り返しのつかないことになりやすいので気をつけてください。しかし、同時に、少しの勇気を出せば、自分にとっての負の関係を清算できる年でもあり、進む方向を間違えなければ金銭的にも大きな利益を得られる年です。誠心誠意、真面目さ、情熱がキーポイントになりますが、人によっては実のない話に終始し、他人に大迷惑をかけることにもなりかねないので注意です。獄につながれます。政治は船頭多くして船進まずの状態ですね。経済は格差がより増しますが、チャンスは広がると思います。代理業、仲介業、等々、ちりも積もれば山となるタイプの商売を信用第一にし本業のみで押すことができれば成功できると思います。

良い話も悪い話も自分次第です。相手の心の痛みがわかること。自分の痛みを他人のせいにしないこと。このホームページを見ている人が、強く、優しい人になれるよう心より祈念いたします。



                  

2008年2009年

予想よりも激しく現象が出ているので警鐘を鳴らす意味で書きます。

今年と来年は、いろいろな意味で謂れのないトラブルが、とても起きやすい年になっています。ニュースのトップを飾るものから、投資の対象まで、世界規模で大きな勘違いが起きています。原因は後先を考える目が暗められているところにあります。それこそ目先の利益、ストレスの発散のために、とんでもないことをしてしまう。衝動殺人もそうですが、身近な所では出会い系サイトでヤケを起こしたりニュースにあった裁判官のように自分の部下にセクハラをかけたり、今まで真面目に生きてきた人が積年の信用をつまらないところで灰燼に帰してしまいます。また、頑固をやってきた人たちは、その付けを払わされる時期に来ています。個人も政治家も国も同じことが言えます。その人の良心が目先のことで雲に覆われてしまう状態とでも言いましょうか。本人は当然マトモなつもりでやるので、歯止めが利かなくなる。妙な正義感や、甘えが原因の場合もあります。

何もかもが「ふるい」にかけられる時代がこれから始まるそうですが、、もう既に我々の身近からそれが始まっています。この時期を多くの人が無事に過ごせる事を祈念いたします。

お経の話 散歩の道すがら思ったこと  

お経の話
洗心庵の鑑定で直しをかける場合(運勢の傷を治す作業)よくお経を読むことをしていただくのですが、見ていると苦しいうちは必死で言われたとおりにあげるのですが、効果が出て苦しみが軽くなってくると、いつの間にか鼻先でお経を唱え始めている人がとても多く見受けられます。そのうち、必死で読んでいたときのお経の効力が消え、また苦しみが繰り返してきます。苦しみの深さがお経に真剣に向かう深さと比例してしまう。人の「業」とでも言うのでしょうか。

昔から「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」とあるように大事なのは楽になったとき同じことを繰り返さないために過去を反省し、将来に対し前向きに歩みだすことなのです。

私に、このお経の話を最初にしてくださった恩人は文字の一つ一つが仏であり菩薩様と観想しながら経を読むのですよとおっしゃっていました。真剣に向かえば力のあるお経です。真剣さが欠ければただの漢字の羅列です。知識として読み上げるのではなく、心で読み上げてください。これができれば驚くように、自然に運勢が動き始めます。



散歩の道すがら思ったこと
久しぶりに、明治神宮の杜へ散歩に行ってきました。散歩といっても電車に30分揺られてからの散策なのですが、七五三の親子づれや、観光の外人さん達の団体などで、とても賑やかな境内でした。
 
平日に関わらず、本殿では結婚式が行われており、西洋人の新郎と日本人の新婦が文金高島田と紋付袴でお練りをし、新郎の親族も、側にいたからご両親なのでしょう、紋付袴と格の高そうな黒留袖で、後ろから粛々と歩かれていました。金髪が和服にとてもよく映えていました。

そんな光景をぼんやり眺めながら思ったのですが、人は自分の居場所を求めるために恋愛をするのではないのだろうか?ということです。自分を求めてくれる場所には長くいたいし、そこにいる価値が判らなくなれば悩み、他を探すことを始める人もいる。男も女も一緒です。人は基本的に一人では生きていけないものです。誰かの優しい言葉や、視線がなければ悲しさ、寂しさが自然に感情として湧き出てくるようにできているようです。このことが誰の心の底にもあるようです。誰の心の底にもです。

恋が実った。幸せだ。・・・・・・幸せ?このとき、人の心には、浅ましいと言うか、なんと言うか、ほんとにここが自分の居場所?と言う思いが必ず起きてきます。学生だから卒業するまではいいかな?とか、25歳までは良いかな?時とともに、だんだんその場所に対する評価が厳しくなっていきます。彼の給料が・・・、仕事が続かない人とは・・・、もっと素敵な人がいるのに違いない・・・。等々

これが人生ですね。常に迷いの中で生きている。浅ましくも可愛らしく真剣で一生懸命です。でも、地道に幸せになろうとするのならば、最初に得た、幸福感を大事に大事に持続させる努力をすることです。これは、仕事に対しても同じことが言えます。
仕事が自分のパートナーであると言う人も沢山います。仕事に対し誠実であれば、なんの問題もありません。とても素敵な一生だと思います。自分の人生に対しちゃんと責任をとれれば、なんの負い目を持つ必要はありません。

自分の居場所がある人は、その場所を大切にしてください。まだ見つからない人は、その人(仕事)となら、どんな風雪にも耐えられるような決心ができる相手を探してください。

相手に多くを望むのではなく、自分は何ができるかが大切です。尽くしがいのある人だといいですね。


自分の居場所を「生きがい」と言い換えても好いですね。そうすると色々なことが見えてきます。

人から物を言われることに慣れてしまっている人は、自分の居場所に対し何か言われたり、何かが起きると直ぐに動揺し、そこが安住の場所であることを疑い始めます。これが普通の人です。

だからこそ、誰かに言われるのではなく、自分がここにいて良いんだと、自分を許すことが、とても大事なことになります。これが自信の種になります。なんども何度でも確認し、そうゆう自分に対し感謝し尊重することを単純な言葉に収斂すると「ありがとう」になり、人によっては「愛してる」となります。誰かと喧嘩し、和解したい時は謝ることは当然ですが、その前に、自分に対し、つまらないことで腹を立てた自分に対して、先ずごめんなさい、貴女(貴方)を傷つけてしまった、本当に貴女が大事、一人にしてごめんね、言い方はそれぞれですが、自分自身に対し、感謝し尊重する言葉を、ちゃんと言うことができなければ、同じ事を繰り返します。相手に対して言う前に、自分に対して言うのです。これができれば他人に対しても同じことができるようになります、人間関係が変わります。

自分の傷が癒えないうちは相手を許すことはできません。これが理由です。自分を大事にできる人だけが幸せになれます。自分以外に自分を許すことができる存在はいません。人が信心深かった時代ならば、聖職者の告解により神に許される事によって自分を許すという作業は完結しましたが時代が変わりました。自分で自分を許すことです。






恋愛の極意

恋愛の極意をご存知でしょうか?

それは、「相手にとって必要な人」になることです。単純です。
これは社会生活にも共通する大事なことです。けれども、解っていても、なかなかできない。
皮肉なことですが、人は関係が親密になると、自分にブレーキが利かなくなるものです。
相手に遠慮がなくなってくる。
ワガママを聞いてくれることが、愛だと曲解してしまっている人もいる。必ず壊れる恋愛です。
だからこそ、初心を忘れないことが長く幸せを維持するための最良の方法になります。


生まれた理由


あらゆる人には、この世に生まれてきた理由があります。それは持って生まれた運勢の中にあるマイナスの部分を浄化したいと言う想念です。前世における後悔の念が、今生での運勢上の星として顕れその課題が何かを示し、自ら過去をそのまま繰り返す中で浄化の努力をする為にこの世に生まれています。そしてこれに気づかなければ、それこそ賽の河原の石積みが永遠に続く。人の苦しみの本当の原因はここにあります。                                                                                                                                                                                                 
  

自分を好きになること


いろいろな話を聞いていると、自分が好きでないと言う人が多いですね。どうして?と聞くと「理由は別に無いけれど子供の頃から自分が嫌いだった。」と言います。そうゆう方の星を見ているとほとんどが子供時代、生まれてから成人にいたるまでの間が、凶の星回りの人です。家庭環境が劣悪の場合や親は一生懸命子供を可愛がったのだけれど、自分はこの家の子供ではないと言う孤独感、孤立感、居場所のない焦燥感に苛まれ、自分が誰からも求められていない、生きる価値の無い人間じゃないかと、この頃から、おぼろげに感じ始めています。そして、ここから人生がスタートしています。

この孤独感が友達との出会いで多くは解消していくのですが、解消されない方もいます。
特に、女性の場合は恋愛で、これが出てしまうと、いつまでたっても、どうにもならない。自分を好きになれない人が人を好きになるときは、大抵自分にないものを補う為です。自分の理想を相手にかぶせ、現実に差異が生まれた時に、慌てることをする。こんなはずではなかった!を言うのです。つまり相手を好きだと言うより、自分を好きになるために相手を求めていたと言うことなのです。ありのままの相手を好きになったわけではない。

持って生まれたものと、これから生きる自分の人生を、味噌クソ一緒にしてしまう。過去の感情に振り回され、今、目の前にある人生に過去の記憶のフィルターをかけてしまう。気をつけないといけませんね。過去は過去、今は今です。努力してでも区別して下さい。

一度自分の、いままでの人生を整理し、生きる目標を見定め、一歩を踏み出すことが、あらゆる苦しみから解放される為の最善の手段です。そして、これをする為には先ず、自分を好きになること、自分の人生を捨てないこと。自分の人生を大事にする気持ちがあって始めて、できることなのです。人は、自分が嫌いなうちは明るい未来を得ることを自分には許さない。だからこそ自分を大切にして下さい。



幼児体験と恋愛

子供の頃の虐待や孤独感が、大人になってからの

恋愛に物凄く影響していることをご存知でしょうか?

優しい言葉の誘惑に弱すぎる傾向、幸せにしてくれ

そうな人を拒否してしまうこと、結婚できない人、

生活力のない人を愛してしまい、執拗に執着する傾向。

一度自分の過去を完了しないと、新しい人生は

生まれ難いのです。依存症にしても同じところが根の

場合が多い。先ず、過去の自分ともう一度対峙することが

今の苦しみを解く糸口になります。




運命の人

「運命の人」を誤解している人が多いですね。

本人が異性で苦労をしなければならない運をお持ちの方の、
最もご縁ができやすい異性は苦しみを与えてくれる人です。
自分の持っている運に引き寄せられてご縁はでき、
とても「気になる人」にうつります。
だからこそ相手を確りと見極めなければ酷い目に合いやすい。
「考えるのがめんどくさい」では流れるまま流れます。水は下流にしか流れません。
人も同じです。最初のレベルにはほとんど戻れない。悪くなるいっぽうです。

逃げずに、何があっても自分が人生を共に生きようと覚悟した人こそが運命の人です。
運命の人とはイコールご自身の覚悟だと言うことを悟ってください。
「運命の人」などという言葉には、ゆめゆめ注意が必要です。
もし自分がそうゆう事を言っていたとしたら、自分の覚悟を、もう一度考える必要があります。

「シンクロニシティー」と言う言葉をご存知でしょうか?
運はシンクロするものなのです。気になる人と偶然に街角で会ったり、
喧嘩して気にしていた人と同じ電車に乗り合わせたり、
何度となく会うはずのないところで会ったりするのです。
同じ電波を出し合っているものが共鳴するのとまったく同じことで、
自分が何を呼び込んでいるかを知らず、これを恋愛に結び付けることはナンセンスなことです。


自分が決めた人こそが運命の人です。
そんな人に出会えるように、自分を磨いてください。
相手次第の恋愛は、自分自信の責任放棄です。男も女も他人と人生を共にするのには、
なにが起きても逃げないと言う覚悟が必要です。
(家庭内暴力は全く別の話になります。できるだけ速やかに逃げてください。)


因果について

ある方のコメントについての答えです

離婚の家系についてのコメントがありましたね。結婚がうまくいって本当に自分は幸せだと思い始めたそのタイミングごとに自分にアプローチしてくる男性が現れ、結婚が破綻し始める。等々・・・・。本人にとって納得いかない離婚がいくらでもあります。
何でこのタイミングにそうゆう人が現れるの?いつも同じことが事が起きるの?我々の現場では良く聞く話です。こうゆう方の星には最初から先祖とのつながりに特徴的なものが現れています。  

お経の話に書きましたが、一時的にとても栄えた家系の方が多いのです。身分制度が固定していた時代は、家の名前だけで地位が保証され生活も守られてきましたが、現代では彼らを支えていた制度が崩壊しナマの家系の姿が露呈しているのです。

そうゆう家でよく起こる事ですが、男は女をつくり、正妻を泣かし、妻はその女を憎み、亭主を憎み、許さない。一生怨念と男性不信の塊です。女は妻に負い目を持ち、自分さえいなければ・・・。をやり男だけしか頼る人がいなくなり、実家にも帰れない。天涯孤独になってしまう。孤独です。男だけが生きる糧になってしまう。男に執着し、自分の出自や、運命に対する怨みの中で死んでいくことになります。男も結局、跡取りに恵まれず、家を傾かしたり、潰したりして孤独の中で死ぬことになります。いくら財産があってもです。もし、この文章を読み心のどこかにうずくものを感じる方は、同じストーリーの中にいた可能性があります。

こうゆう家系の特徴が、長男が家を継げない。生まれてくる女性が、嫁にいけない、嫁に行っても生き別れ、死に別れで戻ってくる。そうゆう傾向があります。人の念は残るのです。迷信ではなく、実際にいくらでも証拠があるのです。ただ本人達は、そうゆう知識もないし、神仏や運勢に対する畏れがないものだから、当たり前のこととしてそれを受け入れる。変える事が出来るのにです。

ただ、先祖の念をお経で供養することにより起きる現象の確立を半分近くまで落とすことはできるのですが残りの業はご自身で積んできたものなのです。怨むこと、謂れのない誤解、自分を否定し続けること、相手にに執着すること、女の身体に執着すること、悲しみのドツボから逃げ出せない人、寂しくて寂しくて、甘い言葉につられてしまい、ぼろきれのように扱われてしまう人。利用され捨てられる。先ほどのたった3人のストーリーなのに、ほとんどの生き方の基盤が入ってしまう。

どうすればいいのか?ヒントは元のストーリーに戻ることです。男は妻を大事にすること。家族に対し責任を持つこと。女性は楽なことばかり考えないこと、寂しくても他人の世話になるような生き方を決してしないこと、自立することです。あらゆる人は平等です。叩かれれば痛いし、寂しければ泣きます。だからこそ、生きようと決心し、生きる努力を続ければ、惨めな人生は回避できるものなのです。努力に耐えられる人は、幸せの扉が必ず開きます。結局、悪いことはするな、良いことをするのだと言う先賢の言葉に運を創造する極意が語られているのですが、この言葉は3000年前からある有名な言葉なのですが、なかなか気づいてもらえない。残念なことです。




三世リーデイング

なぜいつも、同じ事が繰り返されるのだろう?。男性ならば仕事でトンビにあぶらげをさらわれることを繰り返したり、嫌な上司としか縁ができなかったり、女性ならば出会う人で繰り返す。一言で言うと運が無い。どうして?

人の心は今の、この一瞬の繰り返しからなっています。そして止まることなく動き続けているのです。ころころ変わるからココロと言うのだと言う人もいます。面白いですよね。

心はどこから来てどこへ行くのか?あらゆる哲学で永遠のテーマとされている命題です。         ・・・・・・自分で決めた目的に向かい、進み続ける。が私の答えです。目的は、何処か?誰かに自責の念を持つ心は、自分を罰する為の環境を選ぶ。人に尽くし、人から感謝された経験を持つ心は、そうゆう環境を選び能力を持ち恩を受けた人たちに守られる環境を選ぶ。

轍に捉えられた車のように、どこかで、方向を変えない限り、さらに輪をかけて悪くなる。しかし、道を変えようと努力した分だけ必ず良くなります。


よく、どうしたら良いでしょうと言って相談に来る人がいます。他で見てもらいましたか?と伺うと、必ず、何ヶ所かで見てもらいました、どうにかならないでしょうか?と答えが返ってきます。星を見れば、苦しいのがとてもよくわかるのです。本当に苦しい。しかし、その本音は、他で言われた方法よりも簡単に楽になれる方法はないでしょうか?と言うものなのです。とても残酷なことを言いますが、他人に甘えているうちは、何も変わらない。逃げれば逃げるほど追ってくる。

原因を作った時点を過去とし現状に起きている現象を現在とし、来る次の瞬間が未来になる。と言うのが私の考えです。過去での生き方、考え方を過去世、今を現世、未来を来世とし三世とします。これが三世リーディングです。今の苦しみの原因は何か、今の苦しみから逃れるためには何をするべきかをお伝えします。

ビーナス

ギリシャ神話ではビーナス(アフロディーテ)が恋の神様ですね。崇高な美の女神と讃えられ近代まで西洋絵画の巨匠達の主題にされている誰でも知っている女神です。彼女の出自は、またの話として、恋を考える時とても考えさせられる女神です。

彼女の夫はへファイストスと言う冶金、鍛冶屋さんの神様なのですが、体が不自由で、その上、女性とは縁がないほど醜く生まれた神様でした。ゼウスとヘラの息子なのですが、生まれながらに母親に嫌われ、捨てられた先で鍛冶職人の技術を身につけ、見事な黄金の椅子をつくり、母親に、可愛いいたずら程度の、ちょっとした復讐をしようとしました。鎖ででヘラを椅子に縛り付けたのですが、ゼウスは怒り、彼の正妻としてビーナスを与えたのです。美の神であり欲望をささやく神です。彼女の情事にはきりがなく彼の嫉妬の炎は止むことをしりませんでした。愛するゆえに殺すことも出きず、自分が愛するものに裏切られ続ける苦痛は、なんとなく身につまされますね。これがゼウスが彼に与えた罰でした。出会いは、時に、この様な状況を引き起こします。恋愛に恋し、恋愛に呪われる。出会わなかったほうが余程楽に生きられたと思うような出会いもあるのです。出会いは慎重に、相手に押し切られてはいけません。ものとして女性を扱う男だけはやめましょう。

トップの運勢

何事にも厳しい時代になりました。経営者の方はトップの運勢=会社の運勢だということをご認識下さい。進むべきか退くべきかは、経営者にとっても、従業員の生活にとっても差し迫った問題です。責任ある立場にあるかたこそ、一度はご自分の運勢鑑定を受け、過去と現在を整理し、将来に対する備えをして下さい。
経営の安定を求める時、経営コンサルタントを頼むように、より良い人生を求める方は、「一生」と言う長い時間を見据えた、洗心庵の運命鑑定を受ける事をお勧めいたします。

あらゆる人間関係、恋愛、家族の将来、自分の将来、人生に迷った時は洗心庵をお訪ね下さい。

2008〜2009 3月

自分の居場所について

20歳くらいまでの運が苦しい人の特徴なのですが、沢山の人に囲まれ、

にぎやかに生活していたとしても、自分の居場所がない人がとても多い。

現象としてそのまま、親の離婚や、不仲でいつも独りぼっちという人もいるのですが、

共通して言えることは、どこまで行っても孤独な魂であり続けてしまう。

このポッカリ空いた喪失感とでも言うような感覚が

恋愛にかぎらずいろいろな面に影響を与えてきます。

一番の特徴は自分に自信がないこと。物事を長く続けることが苦手なこと、

一度得たものを大事にしないこと。等々、いくら種を播いても実りがない。

でも、おぼろげにでもこのことを自覚できれば、本当に自分が欲しいものが解って来ます。

「今」にすがりつくような恋愛はしなくなるし、過去を過去とし、

未来もあるんだと自覚できるようになる。

一度、自分の中にある喪失感を分析してみることも大事なことかもしれません。




幸せな人生の定義について

幸せな人生の定義ってなんでしょうか?

人それぞれですが、私は、生まれ持った運勢がどうであれ

その人が誰か(何か)のために、見返りを気にせずに大事にしたいという気持ちを、

いつも持ち続けられることが幸せな人生だと思います。

その対象は友達、恋人、家族、仕事、職場、趣味、なんであれ、

心が、そのもの(ひと)のために優しくなり、そこにいることが充実しているような、込み上

げて来る感情を起こす何か(誰か)と出会えることが人生における幸福なのだと思います。

「なにかに捧げる愛」だと言ってもいいかもしれません。

でも、この感情は物ではなく心をよりどころとしているので、コロコロとめまぐるしく変わ

っていきます。そのうち、どこに行ったのか解らなくなり、

なくしたのは自分のせいじゃない、誰かが悪いをやり始めます。

これをさせるのが運勢です。運の弱い人、強い人はなんでも他人のせいにし、

運の良い人は、全ては自分の責任として、保ち続ける努力をします。

これが運勢の違いです。どうでしょうか。


こうして見ると、幸せは常に自分のすぐ側にあり、また、なんて脆(もろ)いものなのか

このことに気づかないと、いつのまにか大事なものを無くしてしまいす。

逆に、このことに気づけば、満たされた人生を、生きることが出来ます。

与えられることよりも、与えることの価値。それを続けることの難しさ。

そして、与え続ける覚悟。難しいことですが、人として生まれた一番の課題なのかもしれません。

ならば、覚悟を決めて、他人から見れば小さな幸せかもしれませんが、そんなことは意に介さず、

自分の人生を生きること。これこそが、幸福の定義なのではないでしょうか。






他人と比べる自分の目

誰でもそうなのですが、人は自分が他人から見れば、どんなに満たされていても、自分に足りない物を他人と比べて苦しむ生き物です。足りない物はひとそれぞれですね。親の愛情、お金、財産、上司からの受け、容貌、性格、友達の数、家庭、若さ、家系、兄弟、名誉、etc.....。

これが始まるとエンドレスの苦しみが始まります。これが、いろいろな場面で、苦しみの原因になり、自縄自縛の呪縛にはまっているかたを多く見かけます。自分が持っていない物を持っている(ように見える)人を妬む所から始まり、このことを手放せなければ、劣等感の種を育て、顔つきまで険しくなってきます。苦しいですね。

もし、そのような状況に、今いるとしたら、勇気をだして開き直ることです、先ず自分の長所が見えなくなっている。あって当たり前だと思っているので、自分の持っている良いことに感謝がない。自分を愛していない人は、結局、愛情が絡む問題が起きると、破綻しやすい。
自分を愛していない分、自暴自棄になりやすいのです。ちゃんと自分を愛すると言うことは、楽しければいいや、と言うのではなく、長い一生を油断無く自分を大切に生きると言うことです。パートナーを選ぶ時も、この視点から選ぶことが大事です。

見えなくなっている自分の長所を再発見するには、一番良いのは、誠実な友達がいるのならば、そのかたに、私のいいとこってどこ?とストレートに聞くのが最も早いですが、我々のような職業の者に尋ねる方法もあります。
それでも嫉妬の心が収まらなければ、相手の良い点を自分も一緒に喜ぶことです。
そして、なぜ、その人にそれがあり、自分にはそれが無いのかを考えることです。
私はその理由を、因果の法則だと思っています。(インスタントカルマに書いた、運勢の差がでる理由ですね)その道理が理解できれば、自分以外の誰に対しても、めんどくさい感情は起きなくなり、自分自身の生き方をより良いものにするための歩みが始まります。

もしかしたら、この点に気づかせてくれるための、産みの苦しみが今自分の身に起きていることなのかもしれません。他人と自分を比べる必要はないし、自分を本当に大事にすることは、他人が持っているもの(人,物)をとってきて、自分にくっつけることではないのです。

かけがえの無い人生を大事にして下さい。





運命の赤い糸

人とのご縁というものはとても神秘的なものです。特に結婚や恋人になるには、それ相応のご縁がある方達としか考えられない人と出会っていることが多いですね。だから「運命の赤い糸」は本当にあるのだと私も思います。でも、もし、自分の赤い糸が、とんでもない相手と繋がっているとしたら悲劇的なのではないでしょうか。
このことに気づき、受け入れるべき運命なんだ思うことができれば、相手と一生懸命より良くなるよう努力できるようになります。受け入れられず、他に運命の人がいるはずだと、その場から逃げることができれば次の運命の人が現れます。でも、自分の運命が変わらなければ同じことの繰り返しです。
「運命の糸」は波長(波動)の合うものとしか繋がらない特徴があり、自分の波長が高まれば、そのようなかたと縁が生じるのですが、せっかく、そうゆうかたと出会えても、こちらの波長が落ちれば一緒にいられなくなります。喧嘩と無言無視が始まります。
じゃあ、どうすれば良いのか?波長を維持する努力をすることです。運勢には逆らえない。という人がよくいますが、人の努力と、運勢の力はだいたい五分と五分だと私は思っています。ただし、50年生きてきて49年好き勝手をやり、1年くらい努力をしても、そこには49対1の歴然とした力の差がありますが、しかし、その1年でまったく人間を変えることが出来るくらい努力ができれば徐々に周りの目は変わってきます。

努力を継続し続けることが、過去の罪を浄化していきます。10年ほどで今までとはまったく違った幸福と評価がえられます。このことに気づくことが早ければ早いほど喜びの多い人生になっていきます。

運命の赤い糸。それを知れば、結び目をホドクことも、他の人と結び直すことも出来る物です。幸せになって下さい。
努力をしなくても良いのが運命通りの生き方だし、運勢もそのように誘惑してきます。テレビを見ている方が楽だし、感情に乗ってしまう方が当たり前の自分です。これが普通の生き方です。でも、もう少し運勢には幅が会って、変えることも出来るんだと解れば、また別の希望が湧いてくるのではないでしょうか。




運勢について

職場でも、家庭でも人間関係を円滑にするには男女を問わず、知らないうちに身につけてしまった運勢の影響力を知る必要がありますね。

わかりやすい例をを上げると、わりかし10代20代に運が良い方に多いのが「高慢さ」で、子供の頃から他人を見下す癖がついています。
誰にでも運勢があり良い時期と悪い時期があり、たまたま10代くらいで良い運が来ると、なんでも大した努力もせずに進むものだから他人を見下すことをおぼえます。ところが良い運と言うのは長くて5年から20年程度で、運が足りない分、必要な努力をしなければ落ちてしまいます。例えば、15歳から35歳までは吉運で思い通りにやれてきたとします。ところが35歳を過ぎたあたりから、つまらないミスや、取引先の倒産など今まで無かった事態が起きやすくなり、おまけに家庭では奥さんの様子が少しおかしい。と言うような状況が起きてきます。自分の星の動きを知らずに、ただ星の動きのまま生きてきたとしたら、この通りになるのですが、知っていたとしたら別な人生がそこにはあります。運が良いうちは人を見下していても物が回るのですが、運が悪くなると、今まで見下していた人がこちらの言うことを聞かなくなり、誰の協力も得られなくなる。ここで彼らに頭を下げることが出来るかどうかが、その場所にいられるか、いられないかの分水嶺になるのですが多くの人は、この時、転職を口に出し始めます。まだ若いんだからと言って自分を納得させるのですが、自分を知らないうちは同じことの繰り返しです。男性の場合、職業にこのことが極端にあらわれ、女性の場合、結婚生活、恋人関係にこのことが顕著です。
自分の運勢を知ることはやはり重要ですね。



師匠との対話

直接のクライアントではないにしてもその方達の身内に忌むべきことが起こると気が滅入るもので、久々に師匠を訪ね、愚痴を聞いて頂きました。そして、鑑定士に出来ることと出来ないことの教えを改めて説いていただきました。
私たちに出来ることはクライアントの人生に、より良く生きる種を播くことは出来るが、種を腐らせるのも育てるのも彼ら自身であり、種が根ずくために誠意を尽くす。そこまでが我々の仕事である。そして、自分のなした鑑定と指示したことに対しては、100パーセント自分で責任を取れ。責任の取れないことは自分は教えていない。と凄まじい言葉を頂戴しました。師匠とはすごいものですね。生き返った思いと、責任の重さを痛感した師匠との対話でした。これからもしっかりと鑑定をしていきたいと思います。


ちょっとした勇気を持つ事

春は残酷な季節と詩人は言いましたが、昨日散歩をしていて、この詩の冒頭の言葉を思い出しました。詩の内容とはまったく違うのですが、道すがら、すれ違った女性の、表情の暗さに彼女の、孤独と、喪失感と絶望がこみ上げて来るのです。無表情の顔の奥に一度も浄化した事のない堆積物がまざまざと見えてしまう。最初は自分をいじめる事で悲しみを紛らわし、それが習い性になった時、こころを閉じ、外界と自分を遮断し、自分の居場所を確保する。本人は疎外されていると言うかもしれませんが、実は自分が周りを疎外し、自分だけの世界で生きる事を選択してしまっている。これは、大きな矛盾です。社会、組織の中での人間関係で生きずまっている人にも見られる現象です。自分を開けば、必ずぶつかるものです、しかし、これを避ければ自分の世界に籠るしかない。人は、ぶつかり、対立し、和解する事で成長できるのですが、これの繰り返しが人生です。それゆえ、人にとって一番大事な事は勇気を持つ事です。
「それ違うと思うよ。」「ごめんなさい、自分が間違っていた。」「一緒にご飯しない。」「お茶入れるけど、あなたものむ?」等々。一度断られたぐらいで諦めず、適当に使い続ける事が大事です。
大げさな言葉ではなく、挨拶程度のことばですが、日常では、とても大事なコミュニケーションです。そして、こんなに当たり前な、ちょっとした事が人生を円滑にします。逆にこれをやっていないと孤独感に苛まれ始めます。試してみる価値はあると思います。ちょっとした勇気を奮い立たせてやってみて下さい。親子関係、男女関係、あらゆる人間関係に使えるものです。




危険な月

また今年も嫌な話が耳に入ってきました。男にふられて自分が消えた話です。時間がたてば笑い話で終わるものを、盲目になり、世界が終ってしまう。身近にそんな人がいたら、決して目を離さないで下さい。今年も5、6、7月は厳しい月です。衝動的になりやすい。助けてあげてください

男性を深く愛せば、喜びも悲しみも、彼次第になりま、彼の顔だけを見ていれば楽しい。けれど自分の自由がなくなります。相手が付き合ってくれと言ったから付き合ったのに・・・・。では、さようならと言われたら、それっきりです。恋愛には、恋愛をする強さが必要です。それは相手に依存しないことであり、自立していることです。自分を丸投げし、後から話が違うでは自分の居場所が消えてしまう。

命を大事にしてください。命はとても価値のあるものです。もし、自分は、なにもできない、自分には価値がないと言っている人でも、貴女の言葉一つで、人の絶望を救うことができるし、孤独を癒やしてあげることもできる。かける言葉が見つからなければ、一緒にいてあげることができる。命のぬくもりを伝えるだけで、生きようとする人もいるのです。
ほんの少しの勇気を出して、生きることに参加してください。


インスタントカルマ

先日、久しぶりに本屋に行ったら、精神世界のコーナーに、呪符、まじない本、魔術の類い、願望成就ものが、めちゃくちゃ多くなっている事に驚きました。あぶないなー。

不況のせいで、先行きの不安が、とにかく目の前にある欲しいものは逃したくないという、焦りの気持ちが今の日本に蔓延しているからだと思います。昔から、出版業界は、売れる本しか出版しません。物凄い需要があるのだと思います。

符呪(まじない)に関して言えば、まず、符呪を行じる者の力が何より重要になります。神仏の加持力と行者の加持力が一つに成って結果を表すのですが、例えば、恋愛の障りになっているものが、依頼者の業だとすると、行者はその業の少なくても半分は背負って、依頼者の業を軽くし、神仏の力を祈願者におろし、願いが叶うようにするのです。どのレベルの神様を降ろせるかが行者の力の目安になります。

自分で符呪を行うとどうなるかですが、そもそも、欲しいものが手に入らない渇愛に満ちた真っ黒な心で呪符を書けば、その呪符は黒い心のよりどころと成ります。
黒業の種になり、神仏ではなく、その人の念に引き寄せられた、同じような想念が大好きな霊がその人を支配しようとします。魔術にしても、その道のプロ以外は大抵はコックリさんの延長です。本当に危ない。もし、身に覚えがあり、体調不良、神経障害の症状が出ている人がいるのならば、本山クラスの修験か、天台、真言、日蓮宗の、ちゃんと行を積んでいるお坊さんに相談して下さい。または、その本の著者に直接相談する事です。

インスタントの幸せには、リスクがつきものです。幸福を望むのに、幸せをつかむんだと言う向上心は不可欠ですが、そのために何をすればいいのかを、もっと合理的に考える事が必要です。幸福は、運転免許の試験と同じで、ある程度の点数をとれば、必ず得られるものです。違うのは、ひとりひとり、個別の解答用紙と問題が用意され、かなり長い、試験時間が設定されている点です。たとえば、25歳までに、その後の人生に何が起きても盤石な世の人に貢献できる技術、資格を取る事。ある人には30歳までにチャラチャラした恋愛ではなく、見栄えや、地位やお金ではなく、一生側にいて、貴女を見守ってくれる主人を見つける事。ある人にとっては、親の残してくれたものを好き勝手に使うのではなく、ちゃんと次の世代に残す事等々。

すべての課題で、忍耐が求められ、本人の生きる目標の有無が問われ、ここぞのがんばりを試されます。それをクリアーできると。生活が安定し、伴侶ができ、子供が生まれます。そうすると、今度は、伴侶と子供の事で、同じように試されます。人生は、この繰り返しです。課題がクリアーできた分、生まれ変わったとき、より楽な環境と才能をもった人生が始まります。クリアーできなかった分はまた今生の課題として、そこにあり続けます。そこから逃げれば、逃げた分ペナルテイーがついて、グレードアップした課題がやってきます。これが、現世の本当の姿だと私は思っています。運勢に差がある理由です。だから、自分はなんて運が悪いんだ、なんで自分だけが.....と他人と自分を比較しても、まったく意味が無いのです。それより、なにより自分の課題を果たす事が、最重大事なのです。

課題からは逃げられない。これが娑婆(シャバ)ノ掟です。それならばと、「よーし、クリアしてやる。」と積極的に課題を果たす事を心がければ、わりと、明るく楽しい人生を送れるのではないでしょうか。変なものに頼らず、逃げずに真っすぐ自分を見つめ続ける事です。この事を意識している人は少ないですが、あらゆる生きとし生けるものが、この「それぞれの課題」と対峙して生きています。この現世のからくりが判れば、他人を羨む事も、誹謗することも無くなると思います。あなた一人だけが業を背負って生きている訳ではないからです。皆、この世に生まれ、また死んでいく仲間です。少しだけこの事を意識して見て下さい。本当の意味での魂の浄化が始まります。





「ありがとう」という言葉

先日、前に紹介した「オポノポノ」を読んだ方から「ありがとう」の言葉には物凄い力があるのですねと、体験談のコメントをいただきました。「ありがとう」と言う言葉についてはたくさんの本も出ているし、色々な人がこの言葉を解説していますね。

私は、相手に感謝することは、相手を承認することと直結しているんだと思っています。
こんど試してみて欲しいのですが、電話でのしつこいセールスマンに「わざわざありがとうございます。」と答えると10人のうち7人は、ああそうですかと退きます。こちらが断る言い訳を言えば言うほど相手は執念深く、乗っかってきますが、相手を認めてあげれば、気持ちよく諦めて次のターゲットに向かっていきます。他人から認めてもらう事をどれだけ我々の心は求めているのか、承認されない事がどれだけ我々の心を捕らえて離さないのか。誰の心にも起こっている事ですね。恋愛しかり、仕事しかり、親子関係、夫婦関係、全ての人間関係の中心は、ここにあるのではないでしょうか。

相手を認める、認めてもらうとはどうゆう事でしょうか?先ずその逆を考えましょう。

職場にありがちなのが、何をやっても当たり前にされてしまう。挨拶をしてもらえない。自分だけ無視される。

夫婦関係で多いのは、やって当たり前、尽くしても感謝の言葉がない。これは男女ともに起きます。給料日でも感謝されない夫は、そのうち、外に癒しを求め始めます。女性として扱ってもらえない妻は、自分が女性である事を認めてくれる人を捜し始めます。男も女も同じです。

逆に、君がいるから会社は回っているんだ、君のおかげだ。貴方が確り働いてくれるから私たち安心して暮らせるの。君のおかげで一生懸命仕事に専念できる。ありがとう。

「ありがとう」と言う言葉は人間関係を円滑にするマスターキーの役目をします。そして、こんがらがった人間関係を修復するマスターキーでもあります。

どこまで行っても人は誰かと関わらなければ生きていけません。そして、どんな状況にいようと、人は物ではなく、心の生き物で「自尊心」を持つ生き物です。気づいた人からしか物事は始まりません。小さい子供も全く同じ人間です。この言葉を使って認めてあげれば必ずまっすぐ伸びます。厳しいだけでは大人にはなれません。自分を認めてもらう事が人としてのプライドを育てます。

あらゆる人は人としての尊厳を求めています。貴方もそうだし、貴方のそばにいる人も全く
なにも貴方と変わらない自尊心をもっています。上手にこの魔法の言葉を使って豊かな人間関係を作って下さい。

この文章を書くキッカケを下さった、コメントに投稿してくれた女性の勇気に感謝して、この文を終えます。ありがとうございました。




No rain N0 rainbow

今日こんな言葉を耳にしました。

「No rain No rainbow」   「雨が降らなければ、虹はたたない。」

ハワイに伝わる格言らしいのですが。苦労された方の言葉だと思います。いい言葉ですね。


自然そして自分

少し早いかもしれませんが、大事なことを書いておきます。

一番みじかな自然は人だと書きましたが、今貴女の周りにある自然の呼吸を感じられるでしょうか?伴侶や、恋人や、同僚や、子供の呼吸、息吹を感じられますか?もしかしたら、こんなことを意識したことさえなかったかもしれません。自分の心に起きている嵐に夢中で周りが見えなくなることはよくあることです。テレビならスイッチをoffにしてしまえばドラマは終わりますが、現実はそうは行かないと思っている方がほとんどだと思いますが、前を見る恐怖におびえ、周りを閉ざしている自分に気づき、ゆっくりと自然に身をまかせ、呼吸ができれば、周りにある自然が見えてきます。苦しみの原因も今までとは違う形で現れ始めます。周りの呼吸を感じてみて下さい。「周りに気を使う」の本来の意味だと私は思います。

ただ、風景を眺めるように、人を眺め、自分と同じように、そこにも同じリズムが流れ、同じ時が過ぎていることを感じて下さい。




自然を感じること

自然を感じる。と言うと、どこかに出かけて....。と思う人もいると思うのですが、一番、近い自然は私たちの肉体だと私は思っています。外の自然に触れることは実は、自分を確認する作業だとも思っています。(易の思想も、漢方の思想も実はここからきています。天人合一と言う言葉が如実にこのことを表しており、興味のある人は専門書を読んで下さい。)

とても簡単なことですが、自分の呼吸を感じてみて下さい。静かに1呼吸ごとの体の動き、呼吸の行き先を感じることです。この呼吸が私たちの四季を刻むリズムです。豊かなリズムを刻めば豊かな四季が流れます。リズムが調(ととのう)ことで、感情の歪みがととのい、何度か吹き出て、もとのリズムに戻っていきます。

自然を見ることは、自分を見ることです。観察してみて下さい。




究極の癒しを求めている人へ

癒しを求める人へ

山が近くにあれば山に行って下さい。海が近くにある人は海に行くことをすすめます。

山に行ったならば、頂上の雲が晴れ、山がその姿の全景を見せてくれるまで待って下さい。静かに、素直に自然の奏でる音に耳を傾け。何千年も前から、そこに同じ音があった事実を思い起こして下さい。雲が流れ、日差しが変わり、温度が変化し、瞬間たりとも、よく観察すると同じ『時』はありません。それを感じて下さい。静かに、素直に、風景に身をまかせ心を開くことです。ただ、Aさん、Bさんと一緒に来たかった....。を言えば、癒しは得られません。

海に行ったならば、引いては返す波の音に耳を傾け、海から生まれた私たち命の不思議さを思い出して下さい。刻々と変わる空、光を素直に感じることです。ポカンと上手にできれば水平線の向こうが開けてきます。

自然は、どんなに人間に傷つけ汚されようが、生きとし生きる全ての生き物のために、惜しみなく身を捧げ、清らかな水を生み、命を育んでいます。破壊されることさえなければ、大地がある限り、永遠に命を繋ぎ、あるがままに命の連環を支え、基盤となり、人、鳥、虫、爬虫類、動物を区別することなく育み続けます。この、命の連環を支えるシステムに気づいた人が、それを神と呼び、大事に、日本人の心の中に記憶の残滓として残したのだと思います。だから、たくさんある命の種の一つとして、頭を下げて、素直に自然に入れば、バランスが崩れた心の、不自然な欲望が生み出した苦しみが、薄れていきます。

月を見たら、月だけではなく、月を浮かべている周りの広大な空間を感じることが大切です。花を見たら、その花を咲かせた土とその植物の生命力の強さを、当たり前のことと見るのではなく、その花の命の尊厳を感じることです。そこには、自分自身では気づかない、自分が人間として生まれた尊さを感じさせてくれる何かがあります。

天然の造化に畏敬の念が生じることが、いつの間にか自然と切り離された生活をするようになった我々から自然の一分として生きる、人としての誇りを回復することにつながるのだと私は思います。




苦しみから抜けるには?

なぜ運が悪くなるのか?どうすれば良くなるのか?
七仏通解偈というお経があります。これは、お釈迦様がこの世界に生まれる前にいらっしゃった六人の仏とお釈迦さんを含めた7人の仏様に共通の教えで、仏教の教えの神髄として昔からとても有名な教えです。白楽天の逸話や、白隠禅師、明恵上人の話の中にもでて来るものです。



諸悪莫作  悪いことをしてはいけない

衆善奉行  善なることをしなさい

自浄其意  心を清々しく清めなさい

是諸仏教  これが仏の教えである。


我々のような仕事をしている者から見ると、この教えは、人の運勢を決定づける要の教えにに思えてなりません。

悪いこととは何か?他人に甘え、自分の義務を放棄してしまうこと。他人のものを欲しがること。他人をいじめること。自分の欲のために他人を犠牲にしても憚らないこと。自分を粗末にすること。際限なく自分の欲に溺れること。他人を踏み台にして思いを叶えようとすること。等々

良いこととは何か? 他人から感謝されること。自分を大事にし、自分を大事にするように他人も大事にすること。自分の義務を果たすこと。人に貢献すること。

心を清々しく清めなさいとは?他人に対しても、自分に対しても負い目のない生き方をすること。

これは本当に、仏様達の生の声だと私は思います。そして、これから外れれば外れるほど苦しみが増してきます。ご存知のように仏さまの教えは、長い時間の中で起きる幸不幸についての教えです。一時は人が羨むような大金持ちになっても、自分を粗末にし、守ることができなければ泡のごとく財が消え、消えるだけではなく、あがき、より苦しみにハマっていきます。実例は、いくらでもあります。

壊れてしまった鏡を元に戻そうとしても、始めの輝きは望めません。それでも。それにしがみつき、心が壊れ、周りに苦しみを与える。自分が苦しくなると、より弱い者をいじめ憂さ晴らしを始める人もいる。負の連鎖は止まりません。執着している限り楽しみは生じない。常に陰がある一瞬の開放感に終止し、過ぎれば、また苦しみが戻って来る。

それでも、前を向き、少しずつでも円滑に人間関係を築き、平凡でも無理のない生き方ができれば結果的に心は楽になります。楽しいことが素直に楽しいと感じられるようになり始める。苦しみの原因を諦めることができれば(執着しているものを捨てることができれば)楽の道は開けます。ちゃんと完了できれば時間が記憶を浄化し始めます。

執着の原因を手放すことは至難の業ですが、不可能なことではない。いくつかの条件があればできると説かれています。

1、他人に与えること。何を? 笑顔、相手の長所をほめ、短所を指摘しない。人から嫌われない行動、良い行いを恥ずかしがらずにすること。(電車の席を譲る程度で十分です)
一生懸命働き、少しだけ早起きをし、積極的に掃除や、挨拶をすること。

2、同じ過ちはしないと決め、そのことを守ること。安易な出会い系に出会いの場を求めない。つまらない喧嘩はしない。約束は守る。夫は夫の、妻は妻の、学生は学生の、母親は母親の自分の立場を自覚すること。それを、決して、つまらないと言わないこと。他人を傷つけないこと。自分を傷つけないこと(自損行為は決してしない)、自分を汚い言葉で汚さないこと。「どうせ自分は.....。」は言わないこと。

3、さみしさ、くるしさ、他人にすがるつきたい心に耐えること。決まりきった日常に耐えること。他人の態度や言葉に反応しキレないこと。

4、やると決めたこと、目標、自分が果たすべき義務を一生懸命にやること。

5、後ろ向きな反省ではなく、実のある反省をし、反省したら実行すること。

6、世の中の道理や運命について考えてみること。考えすぎないこと。

どれも実行可能な行為です。

常に実践の場にいる私なりの七仏通解偈と六波羅蜜の解釈です。やってみて下さい。時間はかかっても効果はあります。







人性に行き詰る時

誰にでも人生がニッチもサッチも動かなくなるときが時々あります。そんなとき考えなければならないのが、誰かに借りを作ったままではないか?このことを先ず考えて下さい。親であったり、パートナーであったり、同情してくれた恩人であったり。借りを作ったまま、そのことを忘れてしまうと人生が行き詰まります。そんなときは只、借りを返すことです。お金ならお金を、同情や愛情なら、感謝を具体的な言葉として、相手に返してみて下さい。

人生が再び動き始めます。

当たり前のことですが、心当たりがあるのならば、今すぐ実行することをお勧めいたします。



最も大事なこと

この世に生まれた事の中で最も大事な事は何かと問われれば、それは生きる意思だとお答えする事にしています。
人は、何かをなくして、初めてその価値に気づくものですが、ここまでの過程は、運が良かろうが悪かろうが必ず起きる現象です。その人の所属している社会環境は必ず時間とともに変化するように規定されています。そして、出会ったものは努力をしなければ別れるようにできていることも事実否定できないことです。学生なら卒業であり、友人、恋人、家族なら生別、死別、様々です。それが当たり前なのがこの世の中です。その上で、お互いが同意し、ともに暮らす契約をする事が結婚です。誰も言わないようですが、結婚とは一緒に生きるための努力をお互いが惜しまないと言う暗黙の了解が底にあり、どちらかが我が儘を言い始めれば、許容力の無いパートナーにとっては即、別れの理由になってしまうのです。
そもそも全く違う環境で育った二人が一つの場所で暮らし始める困難さは、現実に直面して初めて気づくものなのですが、このとき大事になってくるのが「生きる意思の力」です。運が良い人は必ずここで、学び、生きることを選択し、終には後悔の無い人生を選択します。
これは、決して結婚にしがみつけという意味ではありません。現実に直面し、お互いのための最善の選択をし、新しい人生に踏み出すという意味です。
運が良くない人は、時には苦しみにしがみつき、時には不本意に人生を犠牲にすることを強いられます。逃げられない。どうしようもなく囲まれ、強制され、暴力に脅かされ足がすくんでしまう。警察に相談しようが、役所に相談しようがどうにもならないならば、ただ一つ自由になる、貴女の心を自由にできる、心を使った解決法を探してください。宗教でも精神世界でも、少なくとも、精神世界では騙されないように、しっかりとした団体を選んで下さい。ただ、運が良くない時は、さらに足を引っ張る団体とご縁ができやすいものです。気をつけてください。
どんな環境でも、生きる意思さえあれば、自由度は低いですが、それなりに生きられるものです。問題なのは、ただ、苦しんでいる人達です。壊れたお茶碗の前で泣き続けていてもお茶碗は元には戻りません。お茶碗なら、復元し、元の姿よりも味が出ることがありますが、男女関係では、一度壊れると必ず心のどこか、復活させようとしてもパーツが欠けてしまったり、同じと思っていたパーツが変容していることがほとんどです。それ故、全く違うあり方として出会い、別の生き方をし、違う関係性の中から、情を密にし、結果的に恋人に戻る時間をかける方法を指導しています。この方法は、結果はどうあれ、壊れたものを見続ける顔を起こし、前を見させ、生きる意思を持たせることができます。前を向き、生きる意思が起きれば、必ず次の扉が開き始めます。そして前を向くことで過去が完了し始めます。

生きる意思を持ってください。落ちる運に身を任せていたのでは、どうにもなりません。


恋の病2

昔からあることですが、復縁を願う女性の相談で、男性側には、ほとんど否がないケースがあります。
お付き合いを始めるまでは、とても優しく従順で、3歩下がって彼氏を立てるような、絵に描いたような女性が、関係が深くなった途端、自分を主張し始め、相手を縛り始め、彼なのだからと、本人は当たり前のつもりで、物凄い要求をし始めます。95%相手の事情を無視し、首根っこを持って引き回すようなことをし続け、我慢強い相手でも半年から1年でねを上げ、結局、相手から君の顔など見たくもないと愛想をつかされ、一方的に別れを告げられる。言われた本人は自分的には、めちゃくちゃ楽しかったものだから「どうして・・・?」となり、後悔し始めますが、ほとんどの人は、その時点でも自分は被害者だと思っている。でも、その奥にあるものは、「自分から別れを告げることには何の抵抗もないが、相手から言われることには納得いかない。」という高慢なプライドがあります。どこかで相手を見下している。この点に気付くことができれば同じ過ちは繰り返しませんが、気付かなければ同じことの繰り返しです。

「男だから・・・自分の彼女に対し、尽くして当たり前。私のことを好きと言ったじゃない。」が女性の言い分ですが、立場を逆転すれば感じるものはあると思います。

男女の付き合いは特別なもので、普通とは違うと思っている人が多いのですが、その基礎は人間と人間の付き合いで、社会人としての常識です。感謝といたわりの心を持って、お互いを尊重しあう。この基本を無視すれば、結局は別れと憎しみだけが残ります。個性と非常識は同じものではありません。

こんな当たり前のことが、解らなくなってしまう。性差は関係ありません。恋の病いの薬は自分を知る作業から始まります。

自分を知り始めた時、自分に嫌悪感が生まれますが、これは学びのための痛みであり、次が必ずあると言う予兆です。課題がクリアーできれば、良いお付き合いができ、条件が合えば結婚もできます。課題を無視すれば同じことが繰り返されます。全ては本人の責任です。

「自分に気付く」ことに勇気を持ってください。


恋の病

男女の悩みは尽きることがありませんね。

「彼は、自分だけだと言いながら、携帯のメールには知らない女の名前が複数あり、騙されていると分かっていても、好きだから怖くて彼には聞けないし、別れればいいのは分かっていても彼が好き・・・・。どうすればいいでしょう?彼は女癖も悪く、ダメな人で仕事も続かない人です。相手を選べばいいのは分かっていても、好きになれる人としか付き合えない。苦しい・・。助けてください。」オープンな占いサイトにもよくある書き込みです。

苦しみの原因は本人の男の選択にあります。その原因を他人から指摘されることに最初から防御線をはり、その自分を苦しめてくれる、そのような男しか好きになれないようプログラムが書かれてしまっている。こういうのを業が深いというのですが、お互いの気持ちにケリがつくまでどうにもならないですね。あちこちで自分の仲間や、肯定してくれる人を求めたり、癒やしを求めてみても、その場限りで、原因を解かない限り麻酔程度の効果しかありません。それでも本人にとっては大きな救いになっています。自分の居場所ができた安心感がその場限りで生まれるからです。モルヒネのようなものですね。依存症になることを注意しなければいけません。

できないことの言い訳と、自分の居場所を見つけるためだけの人生だとしたら、なんて惨めな人生でしょうか。「そうゆう自分が大好き。」と、もう一枚防御線を張って、なんとしてでも自分を変えることに抵抗している人も実際います。しかし、これは運勢に支配されているだけの話です。

もし、たった一つ、自分はこの恋に殉じるんだと覚悟ができれば、相手が働いていないのなら「自分が働くから安心して自分の所に来て」。と言えるし、「その代わり他の子と手を切って。」ともいえます。その途端に運勢は変わります。過去に書かれたプログラムが書き変えられます。

自分は弱いそんな力はないという人もいますが、好きな人のためなら、頑張れるのが愛です。そうやって頑張ってきた女性達はいくらでもいる。恋に悩んで、慰めてくれる人達の間を彷徨うのではなく、自分の心を決めて、自分の人生に責任を持つことこそが人として価値のある生き方です。そして、これに気付くための「苦しみ」との出会いです。ですから、恋愛で苦しんでいる人は、先ず、今の出会いに感謝すること、そして自分の道を決めてください。できない言い訳をするのではなく、覚悟し行動すれば道は開きます。




今年の全体運

今年の全体運ですが、己丑の年、泥の象意が起きやすい年です。泥をかぶる、泥を塗る等、名誉、面目を傷つけられる現象が全体運です。女性も男性も異性関係、仕事面でこの現象が起きやすいのでしっかりした準備や計画が不可欠です。相手を選ぶことが最も必要なことですね。

泥の象意には泥中の砂金などお金儲けに関するものもあります。泥の中に手を入れることを厭わなければ大金を手に入れることもできます。但し、臭いつきのお金は苦しいものです。気をつけてください。諦めずに目先を変えて求めれば金運もある年です。仲介、レンタル、代行、代理、請負業がキーワードです。



心の話2

自分の人生を諦めている人を時々見かけます。でも、よく考えてください。容姿にしても、なんにしても、大抵のことはコミュニケーションと笑顔と努力でどうにかなるものです。極端な言い方をすれば知性さえしっかりしていれば、学歴の有無は二の次にして他人から大事にされることができます。(学歴が効くのは25才前後まで。親のこねが効くのも30才辺りまでです。後は実力しか頼れません。)この知性を実力とするならば、どんな人にも平等にチャンスが約束されているというのがこの世の中の仕組みです。しかし、幸せになるチャンスは平等なのに、どうして、こうも世の中は不公平なのでしょうか?

長年の実践鑑定から言えることは「本人が持って生まれた星はまったく平等ではない。」ということです。

誰にでも、磨けば光る、この上なく気高く、清らかな心の特性が心の底にあることを私は信じています。それは五行と十干の極まった姿であり、古代では神と名づけられ敬われてきたものです。凶の運にいる人は、それが重く苦しい凶星の重圧に押し殺され表にはなかなか現れることができない。肥溜めに落ちたダイヤモンドのようなものです。自分の中の肥溜めの悪臭が人に嫌われていることに気付いてしまい、絶望し、生きることを諦めている人がいる。逆に、人に自分の暗い部分を見られることを嫌い自ら人と交わることを諦めている人もいます。一事が万事です。

心は業の力によって自分の業の波長に合った肉体を選び主に縁のある家系を選んで生まれてきます。肉体の遺伝子に心の遺伝子が刻まれる瞬間です。なぜその家に生まれたかは、業の問題であり、答えが出せない問題です。仏教などではこの世を娑婆世界と言い苦界と言います。六界の人屋といっても良いのです。

それゆえ問題は、なぜ生まれてきたかを問うのではなく、どうすれば星本来の輝かしい生き方ができるかと言うことなのです。それは、時間をかけてでも本当に大事で輝かしい、心の中心にある星を探し出し汚れを拭い去ればよいのです。ここからが個別に考えなければならないことなのですが、一番外側を強く覆っているものにも種類があります。恋愛関係に多いものは、愛情が反転してしまい怒りと執着が、親子関係では不条理な暴力に対する僻み、憎悪、等々様々です。納得いかないと言うのが共通したものなのですが、感情が勝ちすぎてしまい知性的な思考が欠けるという特徴があります。これを整理し心を解くのがプロの鑑定家の務めです。

大事なことは諦めないこと。もし自分が落ちかけていると感じたら、チョットの間だけでも立ち止まって自分の記憶の中にある、とても満足できた時間を思い出してください。電車で席を譲ったお年寄りから感謝された、何でも良い、他人から感謝された瞬間の自分の気持ちを思い出してください。そこから自分の星の輝きが、少しだけ漏れてくるはずです。諦めないことです。我々の心の底には間違いなく、誰にでも、自分だけの、特別な星が輝いているのです。

輝きが見えないのは、雲に覆われているだけなのです。

もうすぐ新しい年も始まります。この機会に、是非、一度皆さんも洗心庵の鑑定をお受け下さい。お待ちしております。






苦しみから抜けるには?

なぜ運が悪くなるのか?どうすれば良くなるのか?
七仏通解偈というお経があります。これは、お釈迦様がこの世界に生まれる前にいらっしゃった六人の仏とお釈迦さんを含めた7人の仏様に共通の教えで、仏教の教えの神髄として昔からとても有名な教えです。白楽天の逸話や、白隠禅師、明恵上人の話の中にもでて来るものです。



諸悪莫作  悪いことをしてはいけない

衆善奉行  善なることをしなさい

自浄其意  心を清々しく清めなさい

是諸仏教  これが仏の教えである。


我々のような仕事をしている者から見ると、この教えは、人の運勢を決定づける要の教えにに思えてなりません。

悪いこととは何か?他人に甘え、自分の義務を放棄してしまうこと。他人のものを欲しがること。他人をいじめること。自分の欲のために他人を犠牲にしても憚らないこと。自分を粗末にすること。際限なく自分の欲に溺れること。他人を踏み台にして思いを叶えようとすること。等々

良いこととは何か? 他人から感謝されること。自分を大事にし、自分を大事にするように他人も大事にすること。自分の義務を果たすこと。人に貢献すること。

心を清々しく清めなさいとは?他人に対しても、自分に対しても負い目のない生き方をすること。

これは本当に、仏様達の生の声だと私は思います。そして、これから外れれば外れるほど苦しみが増してきます。ご存知のように仏さまの教えは、長い時間の中で起きる幸不幸についての教えです。一時は人が羨むような大金持ちになっても、自分を粗末にし、守ることができなければ泡のごとく財が消え、消えるだけではなく、あがき、より苦しみにハマっていきます。実例は、いくらでもあります。

壊れてしまった鏡を元に戻そうとしても、始めの輝きは望めません。それでも。それにしがみつき、心が壊れ、周りに苦しみを与える。自分が苦しくなると、より弱い者をいじめ憂さ晴らしを始める人もいる。負の連鎖は止まりません。執着している限り楽しみは生じない。常に陰がある一瞬の開放感に終止し、過ぎれば、また苦しみが戻って来る。

それでも、前を向き、少しずつでも円滑に人間関係を築き、平凡でも無理のない生き方ができれば結果的に心は楽になります。楽しいことが素直に楽しいと感じられるようになり始める。苦しみの原因を諦めることができれば(執着しているものを捨てることができれば)楽の道は開けます。ちゃんと完了できれば時間が記憶を浄化し始めます。

執着の原因を手放すことは至難の業ですが、不可能なことではない。いくつかの条件があればできると説かれています。

1、他人に与えること。何を? 笑顔、相手の長所をほめ、短所を指摘しない。人から嫌われない行動、良い行いを恥ずかしがらずにすること。(電車の席を譲る程度で十分です)
一生懸命働き、少しだけ早起きをし、積極的に掃除や、挨拶をすること。

2、同じ過ちはしないと決め、そのことを守ること。安易な出会い系に出会いの場を求めない。つまらない  喧嘩はしない。約束は守る。夫は夫の、妻は妻の、学生は学生の、母親は母親の自分の立場を自覚する  こと。それを、決して、つまらないと言わないこと。他人を傷つけないこと。自分を傷つけないこと
 (自損行為は決してしない)、自分を汚い言葉で汚さないこと。「どうせ自分は.....。」は言わないこと

3、さみしさ、くるしさ、他人にすがりつきたい心に耐えること。決まりきった日常に耐えること。他人の  態度や言葉に反応しキレないこと。

4、やると決めたこと、目標、自分が果たすべき義務を一生懸命にやること。

5、後ろ向きな反省ではなく、実のある反省をし、反省したら実行すること。

6、世の中の道理や運命について考えてみること。考えすぎないこと。

どれも実行可能な行為です。

常に実践の場にいる私なりの七仏通解偈と六波羅蜜の解釈です。やってみて下さい。時間はかかっても効果はあります。


自分からこの可能性を否定しないこと。このことが最も重要なことです。


恥をかく年について

年頭に今年は恥をかく現象が起きやすいと書きましたが、国の代表者達が恥をかかせ合っています。まだあと半年あります。仕事や異性についての見込み違いや期待はずれで苦しまないよう慎重に処して下さい。念には念を入れることが必要です。

テレビに出て来る政治家の皆さんは、やはり国民の代表だと、つくづく納得させられます。

なぜかと言うと皆さん典型的な恥のかき方をしているからです。ここぞとばかり、オレがオレがと手を挙げ本人は大真面目に自分が正しいと、それも同じような仲間を募って声を大にしているのですが(全員が過去にも大恥をかいた人達です)少し距離を置いてみると、道理が通っていない。同意者はその人達だけの孤軍です。支持されない。常識が飛んでしまっている。本当の意味での参謀、軍師の欠落です。
(これを書いて2日後ですが、政治家の先生はすごいですね。君子豹変と言えば聞こえはいいのですが、厚顔無恥で恥知らずでどうにもならない。理想を高く掲げていたころの姿に戻れることを切に望みます。)




言いたくないことなのですが、恥をかく現象の一つに、子供の自殺があります。
残された家族兄弟にとって、これほどの苦の記憶はありません。代々に渡って拭いきれないものです。繊細でカミソリのような心を持った子は、追いつめれば脆(もろ)く壊れやすいし、強く確りしたように見える子を、親の思い通りにしようと強制すれば、死をもって抵抗します。プライドの高い子は、いじめられても平気ですが、哀れみを欠けられれば死を選びます。

なにか問題があるのなら、今、その子の置かれた状況を環境から変えてしまうぐらいの勇気を親は持ってあげて下さい。

もし親子で苦しい環境に今いるのだとしたら、年に一度だけでも、子供を連れて、楽しんで下さい。そして来年もまたここに来ようねと言ってあげて下さい。ちっちゃな約束ですが命を繋ぐ希望になります。

自然を感じること

自然を感じる。と言うと、どこかに出かけて....。と思う人もいると思うのですが、一番、近い自然は私たちの肉体だと私は思っています。外の自然に触れることは実は、自分を確認する作業だとも思っています。(易の思想も、漢方の思想も実はここからきています。天人合一と言う言葉が如実にこのことを表しており、興味のある人は専門書を読んで下さい。)

とても簡単なことですが、自分の呼吸を感じてみて下さい。静かに1呼吸ごとの体の動き、呼吸の行き先を感じることです。この呼吸が私たちの四季を刻むリズムです。豊かなリズムを刻めば豊かな四季が流れます。リズムが調(ととのう)ことで、感情の歪みがととのい、何度か吹き出て、もとのリズムに戻っていきます。

自然を見ることは、自分を見ることです。観察してみて下さい。

幸せな人生の定義について

幸せな人生の定義ってなんでしょうか?

人それぞれですが、私は、生まれ持った運勢がどうであれ

その人が誰か(何か)のために、見返りを気にせずに大事にしたいという気持ちを、

いつも持ち続けられることが幸せな人生だと思います。

その対象は友達、恋人、家族、仕事、職場、趣味、なんであれ、

心が、そのもの(ひと)のために優しくなり、そこにいることが充実しているような、込み上

げて来る感情を起こす何か(誰か)と出会えることが人生における幸福なのだと思います。

「なにかに捧げる愛」だと言ってもいいかもしれません。

でも、この感情は物ではなく心をよりどころとしているので、コロコロとめまぐるしく変わ

っていきます。そのうち、どこに行ったのか解らなくなり、

なくしたのは自分のせいじゃない、誰かが悪いをやり始めます。

これをさせるのが運勢です。運の弱い人、強い人はなんでも他人のせいにし、

運の良い人は、全ては自分の責任として、保ち続ける努力をします。

これが運勢の違いです。どうでしょうか。


こうして見ると、幸せは常に自分のすぐ側にあり、また、なんて脆(もろ)いものなのか

このことに気づかないと、いつのまにか大事なものを無くしてしまいす。

逆に、このことに気づけば、満たされた人生を、生きることが出来ます。

与えられることよりも、与えることの価値。それを続けることの難しさ。

そして、与え続ける覚悟。難しいことですが、人として生まれた一番の課題なのかもしれません。

ならば、覚悟を決めて、他人から見れば小さな幸せかもしれませんが、そんなことは意に介さず、

自分の人生を生きること。これこそが、幸福の定義なのではないでしょうか。



人として、命の尊さ

ここ数日「自分には価値がない、生きていてもしょうがない...。」という相談を

続けて受けています。苦しいですね。

共通して言えるのは疎外感と自責の念です。

そして、いつの間にか、他人から見られている自分が本当の自分のように

錯覚してしまっていることです。

本当の自分が見えなくなっている。

夢もあり、したいことは、多くはないけれど、ちゃんとあったのに、

いつのまにか諦めて、その場にうずくまっている。


自分の本音を誰にもはなせないし、

他人にはこの苦しさが解る訳がないと決めつけてしまっている。

心の毒を抜くには一つには汗をかくこと、岩盤浴でも風呂でも、

デトックスと言われるものに騙されたとおもって行って下さい。

心と身体はリンクしています。


もう一つは、あなたのことを決して否定しない人に

心の底をぶちまけることです、我々のようなプロにもピンキリがありますから、

信用できそうな先生を選んで相談して下さい。

また、「日本いのちの電話連盟」がほとんどの都道府県にあります。検索して下さい。



いのちの尊さって何でしょうか?


易の考え方の中に、天人合一と言う考え方があります。

これは宇宙と生きとし生きる物は同一で、人は宇宙の相似形であるという考えです。

自然に春夏秋冬があるように、人にも四季があり、

ゆずり葉が命を次の葉に託すように、人は子供に命を託し、

四季のリズムの中に生まれ、育ち、老い、死期を迎える。この繰り返しです。

我々の命も、見たことも聞いたこともないような人達から託されて、

ここにある。それに気づかないだけで決して独りぼっちではない。

昔、金魚鉢の金魚は金魚鉢の中だけが全てで

喜怒哀楽すべてが金魚鉢の中で起きていると言っていた人がいました。

その通りなのですが、でも、他のうつわで生きることは可能なのです。

もっと広い、快適な場所でも生きられるのです。

そして金魚には自分の居場所を変える自由はないが、人間にはこの自由があるのです。

だから人の命は尊いのです。しかし人は弱って来ると、

この自由を使うことを放棄し始めます。

そのくらい自由であることを生かすにはエネルギーが必要で、

このことを知らないから個々の持って生まれた運勢にそのまま支配されてしまいやすい。

そして、この人に与えられた自由をどう使うかが、

人としてこの世に生まれた大きな課題の一つなのです。

生きることを自ら放棄すれば、

さらに苦しい所から同じことを課題として生まれてきます。

人は生まれるとき、ほとんどの人が過去の記憶をなくして生まれてきます。

それゆえ、なんでこんなに自分は苦しまなければならないの?と問い続けますが、

前世療法や退行催眠で記憶が蘇り納得したと言う話が出版されていますね。

因果の法則からは逃げようがなく、善用すればこれほど確かなことはありません。

積善之家必有餘慶。積不善之家必有餘殃。

(善を積んだ家には必ず喜びごとがあり、不善を積んだ家には必ず報いがある)

易経にある言葉です。

価値のない人なんて世の中にはいません。そこに存在するだけで人には価値があります。

自由の扉は重く、動くまで沢山の労力が必要かもしれません。

でも先ず、うずくまっている所から顔をあげ怖くても前を見、

ゆっくり立ち上がる所から初めて下さい。




学業について

毎日の宿題、課題で時間が足りなくなり、思った程成績が上がらないと自分の能力はダメなんじゃないか、才能なんてゼロかもしれないとふさぎ込みます。スランプですね。

こんなとき、どうしたら、いいでしょうか?

自分で作り出した孤独感を捨てる事そしてタフになる事です。

先ず、ネットで「スランプの脱し方」を検索して下さい。沢山のスランプに落ちている人があり、それを一生懸命解決しようとするアドバイスがあります。自分だけ苦しい、誰もわかってくれないと言う気分は薄れます。少し気分が楽になったら、今度は何が解らないのかが解らない状態からの脱却です。数学ならセンスが問題と言われますが、自分の回答を本当にセンスの良い人に見てもらえば、何に気づいていないのか、何にこだわりすぎているのかが解ります。でも一番大事なのは諦めない執念です。

執念深く追わなければ身に付かないものに対しては執念深くなるべきです。そして、わからない事は素直に教えを請うべきだし、変なものにこだわる事により、ものが見えていないのならば、それを指摘された時は、捨てる勇気をもつことが、自分を先に進める最善の方法ではないでしょうか。色々な事に通じることです。

般若心経

推薦図書の項目に、一冊だけ、私が好きな般若心経の解説本をあげておきました

つい最近出版された新人物往来社から出版されている

「比叡山延暦寺の大僧正が語る般若心経のすべて」です。

般若心経は自分の苦しみを解くためのお経です。

今の状況が、良いものであれ、悪いものであれ

自分を責めている人は、一度読んでみて下さい。

声に出し、何度も何度もあげて下さい。

この本はとても慈愛に満ちた般若心経の解説です。



私が最初に出会ったお経はこの般若心経と観音経でした

大波小波の中、おかげさまで何とかいままで生きて来れています

運勢がどうにもならないとき

身を投げてこそ浮かぶ瀬もあれと、このお経が、心の避難所でした

信仰は仏菩薩の存在に確信が持てたとき始めれば良いと思います

お経は、生きる知恵です。信仰嫌いなかたも一度知識としてお読みください。





過去の記事をまとめて

占いの活用

占いの活用は少し考えなければいけない問題です。

大きく分けると二つ問題があります。一つは、私も十代のころ経験があるのですが、占いを信じることで自分を自分で縛ってしまいがんじがらめで動けなくなってしまう事です。なんでも占いに頼り、自分の意志を放棄してしまい悩める子羊に身を落としてしまう。
もう一つは出口のない問題にしがみつきたいがために、自分の執着を肯定して欲しい人。問題の解決を願っていない人です。後者は時間しか解決を与えてくれませんが、前者は本人次第でいくらでも解決に向かうことは出来ます。良い占い師さんと出会えれば、自分の足が見え、生きる方向が見えてきます。けれども占い師などは嫌いだと言う方には易経を読む事をお勧めします。東洋思想は易に始まり易に終わると言われていますが。占いもまたしかりです。

易経は君子の道を説くものとされ、科挙の科目にもなっていますが、内容を確り読めば、それぞれの状況の時、その状況にどのように対処し、どう進めばいいのかを具体的に的確に教えてくれる書物です。物事をクリアーするためには常に条件がつく事が教えられています。ただ吉凶が示されるだけでなく、その理由もそこには書かれています。

色々な訳がでていますが、一般書としては朝日選書の本田濟先生著「易」または岩波書店の「易経」(ワイド版の方が読みやすいです)がおすすめです


幸せになるために

幸せになるための方法がわからないと言う人がいますね。

そんな人は幸せそうな人を観察してみて下さい。

子供と一緒に笑っている家族、上司や仲間達と前向きな会話をしている同僚。等々

よく観察していると、その人の持っている「雰囲気」が

「幸せそう」を醸し出しているのが見えてきます。

逆にそうでない人を観察していると、そうでない雰囲気を醸し出している。

この長年かけて身につけた、その人の雰囲気が、人間関係、

特に「出会い」に影響を与えます。

引き寄せの法則ですね

自分が出している雰囲気の質でその人の周りの環境が決まってしまう。

その人の雰囲気はその人の心で決まり、

時間によって醸(かも)されればさらに強いものになります

運勢はこの、その人の持つ雰囲気に大きな影響を与えるのですが、

本人の意思に有利があります。運勢に対しNOが言えるからです。

そのためにも自分を冷静に判断する事が必要ですね


幸せになろうと思うならば、先ず幸せを呼びこむ雰囲気、

「幸せオーラ」を身につけなければいけません

幸せそうな友達と自分を比較して落ち込むのでなく、彼女の幸せを自分に置き換えて

シュミレーションし、自分の心に幸せの種を播く事です。



過去の自分は、それはそれとして受け入れ、

幸せの種を育てようとしている今の自分と区別することです。

幸せになるためのシュミレーションが身に付けば幸せオーラが醸し出されます

そうすれば自然とそれに惹かれて、出会いがやってきます。

一番のポイントは、安易な出会いに乗らなずに、「幸せになるんだ」と

強い意志を持つ事です。











幸せつくり、雰囲気作りについて1

幸せを求めるのなら、先ず今の自分がどんな雰囲気をかもしだしているのかを知る事が大事です。

自分の「何が、どうなっているから、こうなんだ。」が、判らなければ、

どうして良いかがわからないからです。

そのためには、自分と他の人々を比較し、分析する事が大事なのですが

大抵はこれをやると、自分の劣等感を増幅する作業に陥り、かえって危険です

そこで、「自分はこうなりたいリスト」をつくる事から初めて下さい

注意点ですが、「私は運の良い人になりたい」ではダメです

この場合の運の良い人は、たぶん、何もしないでも、素敵な異性にもてて、

お金だって、何もしなくても宝くじが大当たりして、なんの不自由もない運の良い生活

こんな夢のような生活が運次第でできる。などという現実とかけ離れた夢ではいけません。

これは、あらゆる自分の努力を放棄させてしまいます。現実を変える力はありません









雰囲気つくりについて2

どうやって良い雰囲気をつくるの?

イメージトレーニングの話を書きましたが、もう少し詳しく書きます

昔から人の活動は、

心(明確な目的を認識する事)

身体(行動)

言葉(コミュニケーション)

この3つの次元の方向が一致すると、願望が叶うと言われています

自分の求めるものが何なのかを自覚できたとき人は変化し始めます

あまり恋愛にご縁のなかった女性が結婚を意識し始めた途端モテ始める事がよくありますが

やはり、先ず、自分は何を求めているのかを明確にする事から始めなければいけません





雰囲気つくり3 自分と向き合う事

良い雰囲気をつくるための最初の一歩は自分と向き合う事ですが

これは苦しい作業です

わかっているけど出来ない。やめられない。やめられない。欲しい。

やる気が起きない。誘惑に負けてしまう。余計な事を言ってしまう。憎い

逃げたい、責任なんて嫌だ、我慢できない。同じ事の繰り返し。

そんな自分を見たくないのは自然です。

でも、これは過去の自分です。

過去を取り返そうとしたり、過去の出来事に執着すると、いつまでもついてきます

日記帳で言えば、昨日までは真っ黒でも

今日と明日からの未来のページは真っ白です

今日のページで、昨日のおさらいをするから、いつまでも昨日と同じことになります

過去を過去として認め、自分はその時はその時で必死に生きた、

その自分を「頑張ったね」と受け入れてあげる事で、過去は解放されます

誰かに受け入れて欲しいと言う人は、大抵、自分自身では自分を受け入れられず、誰かに受け入れられることで自分を承認しようとしています 自分が受け入れられない自分を他人が受け入れてくれるかは疑問です。この見果てぬ夢は叶うかもしれませんが、それまでは、また誰かのせいにしてしまう人生の繰り返しです。自分を承認する事は、自分の人生に自分で責任を持つと言う事です。

過去の自分を自分で認め、受け入れる事が出来ないのは、一つには過去が強烈すぎて、未来を見る事を忘れてしまっていることが大きな原因です。繰り返し襲う過去の記憶。これを癒すには信頼のおける安全の地を探し、時間をかけて傷を治す事です。傷をつけた人間が目の前で潰されても、傷は癒えません。過去には戻れないからです。人を信頼する力を回復する事ができれば、また人を愛すことも出来るようになります。

過去の自分と今の自分を区別することです。

過去の自分に手紙を書き、それを燃やす、髪を切る、指輪をはずす、小物をかえる、靴を変える、等々、

今と未来を区別する儀式をして、そして、自分にささやいて下さい。「今から私は新しい私。」


自分と向き合う事が出来たら、次は「じゃ、これからどうする?」ですね。









雰囲気つくり4 人生設計

子供のころからの夢や希望を叶えた人は、第一に叶えたい夢があった。

第二にその方向に進む環境が許されていた。

第三に夢を諦めずに努力をし続けた。

これが運の良い人です。

普通は、夢はあっても、なんとなく小学校から親の言うままに塾に通いながら、

なんとなく受験をし、高校生になり大人になりかけた時、夢の事など忘れて、

今の自分に出来る妥協点を探りなから、現実的に自分の進路を決めていきます。

そして妥協点が大きければ大きい程、自分で選択してきた人生なのに、

その責任が曖昧になっていきます。

ハッキリ自分の人生を決めることができれば立派な大人なのですが、

選択が曖昧なうちは、幾つになっても子供と大人の間で迷子になっている状態です。

「これでいいの?他の自分でもいいんじゃない?もっと楽で楽しい事あるよね。」と自問している。

何かがうまく行かなくなると、現状が破綻するような事をし始めます。

色々な理由を編み出して、職場なら、しなくてもいい転職、家庭なら不倫

自分の夢にけりを付けなければなりません。

今の自分と向き合いこの事が理解できたなら、たとえ今50歳であってもリセットできます。

長年培ってきた環境を変える事はできませんが、心意気と生き甲斐をもつ事は出来るようになります。

今の年になってこその夢の実現です。


先ず自分の夢を書き出して下さい。

そして、毎日見返して下さい。

残された自分の人生でその夢の何パーセントを実現できれば

自分にOKを出してあげられるか想像して下さい。

これが心を使う事になります。

書き出し繰り返し見返す事は自分とのコミュニケーションです。これがとても大事な事です。

そして、それに向かって具体的に行動する事で実現化するための3拍子がそろいます。

そうすると「喜び」がだんだんとしみ出してきます。

しみ出る喜びとともに表情が変わり、雰囲気が変わり始めます

続けてみて下さい。人生が変わります








執着について

辞書を引くと「心が捕われて思い切れない事、ある物事に強く心が惹かれること」

と書かれています。

執着から解かれる方法は執着している事柄を満たしてしまうこと、

または執着している事柄を打算して執着対象から外してしまう事の2つの方法があります

夢を叶えるか捨てるかの二者択一です

厳しい選択ですね。だからこそ、ウジャウジャ言いながら妥協点を探り、自分を納得させ

不満を内在しながら生きているというのが現実です

この執着を否定したがる人が時々いますが、それは違うと私は思います

執着は向上心の源泉であるというのが私の考えです

問題なのは、執着すると、周りが見えなくなり、自分が果たすべき義務がおろそかになり

結果的に自分以外の人に迷惑をかけてしまう事で、自分の居場所に傷がつきます

この点を自覚し、メリハリをつけた生活の中で執着する自分を育て上げることができれば

いつの間にか執着する対象が違うものに変わっていた事に気づく事が多々あります

執着するなら行動し初めて下さい。少なくてもウジャウジャ感は薄れていきます






運勢を変えるためには?

なぜ運勢が変えられないのでしょうか。心の底から幸せになる事を望んでも、幸せになることと真逆な事していたら運勢は変わりません。たとえば、付き合って欲しい一心で、素敵な女性を演じてきて、恋人になった途端、あらいざらいの自分をさらけ出し、あまえて、我が儘を言って、無理な事を言って、相手の自分への愛情を試したり、相手の気を引くために、他の相手に気のあるふりをして、嫉妬させてみたり、自分ではけっこう可愛いと思いながらやっている人がいますが、ダメです。

自分に正直に生きる事と他人と共に生きる事は相反する事ではありません。他人を愛するからこそ変われる自分がいる。そんなこと知っている、と大抵の方は言うのですが、知っていると言いながら流す涙の量はハンパではありません。

持って生まれたものだから性格と言うのですが、自分の嫌な性格を直そうとすると嫌な所が必ず抵抗してきます。どうすれば良いかと言うと、何でもいい、自分の好きなものを書き出して下さい。書き出せたら優先順位をつけて、その事に一生懸命になる事です。一生懸命になる事が出来たら、それを自分へのご褒美として、それぞれの課題にチャレンジして下さい。例えばコミュニケーションがとれていなかった上司と会話する、できたら、好きな歌手のコンサートに行く等々。自分で自分をつり上げることが楽しくなるし、達成感が生じてきます。この事の繰り返しが生き甲斐に繋がります。ここまで来ると運が良いの悪いのは気にならなくなってきます。季節が巡るように、人の環境は明るくなったり、暗く冷たくなったり、太陽に焼かれたりするものです。「生き甲斐」は身体の免疫力のようなもので、これがしっかりしていれば、人生は揺るぎません。困難を乗り越えるための努力に足りる、それぞれの生き甲斐を見つけて下さい。


苦労に足る喜びがなければ、頑張り続けることなど出来る訳がありません。喜びこそが継続を支えます。これが在ってこそ「継続は力なり」です。



障害の乗り越え方1

恋愛でも仕事でも障害はつきものですが、そんなとき、運が良い人は結構普通に的確なアドバイスをもらいそれなりの努力はともないますが、奇麗に障害を抜けています。そうでない人は、極端な言い方ですが障害が起きると、何やら自分が真冬のアイガーの北壁にへばりついているような危機感の苛まれ、悲鳴をあげんばかりになってしまいます。起きていることにがんじがらめになり、自分で自分を縛る人。ヤケを起こしてそこから飛び降りてしまう人。もっと悪いのは最悪のルートへ導いてくれる人に頼ってしまうことです。こんな時は先ず、起きていることを客観的に見ることです。


障害の乗り越え方2

客観的に、自分と起きている事柄を冷静に見ることができるようになると、色々な事柄が見えてきます。ここで、注意しなければならないのは「誰かのせいだ」としてしまうことです。これは厳しいですね。一生これの繰り返しになります。冷静には物事を見られない証拠です。もう一度自分を見つめ直して下さい。

物事が起きるとき、そこには必ず「原因=種」があり、「原因が大きく育つ=時間の経過」と「現実化=結果」してきます。良いことも悪いことも同じです。

この理屈がわかれば、障害を乗り越える最善の方法は、「障害を起こさないこと」ではないでしょうか?これは「戦わずして勝つ」と言う武道の極意とも共通することです。

原因を見つけ、それが大きく育たないように注意していくこと。相手から求められるであろう能力を準備し、備えておくことです。そのためには人間関係を大事にしコミュニケーションを積極的にとることが、やはり必要です。そのためには、相手を尊重すること、見下さないこと、すがらないこと、やられてもやり返さないことが基本です。これが苦手だと言う人も多いですが、これは基本です。


障害の乗り越え方3

自分を客観的に見るための補助としていくつか典型的なパターンを挙げておきます。

1、自己中心型 2、依存型 3、常識型

このパターンは男女関係なく、その人の心の底の底にある声です。本人も気づいていない場合があります。

1、自己中心型 

ブレーキの付いていない大型バイクのような人です。好きと嫌いで物事を判断する所があり、欲望に忠実で、求めるものが得られないと暴れます。欲しい者は手に入れる。他人の気持ちも自分の思い通りにしたい。基本的に他人のアドバイスは自分に都合が良いことしか聞こえない。心の底では自分が一番正しく地球は自分が中心で回っていると思っています。潜在的な暴君と女王様。エゴイストです。

トラブルのほとんどは自分で掘って自分から落ちていきます。勢いのあるうちは、他人を蹴散らしてグイグイいけるのですが、勢いが無くなると、蹴散らされた人達の念が、やられたツケを取り返しにきます。言い方を変えると、勢いが無くなり、恨みの念を防御できなくなると言うことです。晩年までもてば孤独です。

自分に直面することを一番嫌う人達です。それゆえ一番大事な得たものを失うことにより気づかされることが多いのですが、その時でさえ、自分は悪くないと思い込みたい所があります。ちゃんとした反省ができないから同じ過ちを繰り返す。

自分を客観的に見つめ直すために手紙を書くことを勧めているのですが、「見下しやがって」と言って、それさえ拒否し怒りだす人も、たまにいます。そのくらいこのパターンの人は苦しい人が多い。

しかし、もともと自力のある人が多いので、心の底から「ありがとうございました」と他人に感謝することと、「本当にごめんなさい、すみませんでした。」と頭を下げることができれば、環境は一変します。


これは心の底にある人の剥き出しの本音です。このエゴのぶつかり合いが戦争を引き起こしてきました。このことに気づいていた先人達は「教育」によりこの人格を陶冶し社会性、倫理、ルールを作り、平和な世界を目指してきました。個人もまた親の教育、学校や様々な形での社会参加で、ルールは守らなければならないと教え込まれているので、エゴの出方に個人差があります。それゆえ、エゴの種が育つ前に、他人のことも、ちゃんと考えられる癖を身につけさせれば、ものすごく素敵な社会人になれます。

本来は1200ccのバイクで法廷速度30キロの直線の公道を走らされているようなものなのですが、このバイクに人を沢山乗せたカートを牽引させれば、自然に法廷速度で、わいわいにぎやかに楽しい人生の旅は送れます。身の不遇を嘆くよりも、喜びを分かち合う事を求めて下さい。



障害の乗り越え方4

2、依存型

本来、素直で、やさしく、寂しがりやなのですが、未来から自分を引っ張ってもらえるような、希望や夢がない、自分がなにをやっていいのかわからないのが特徴です。それゆえ、将来のために努力しなさいと言われても聞く耳がなく、暖簾に腕押し、糠に釘です。やれば出来る子と言われ、能力や才能があっても表現する場がわからないのですから本人も苦しい。努力せずに手が届く、目先にある「楽」に飛びついてしまう、他人から与えられる楽しみ、根が無い生き方をしやすく、自立しなければならない時期(結婚、就職)が来ると苦しむことになります。投げやり、短気、根気がないが特徴です。1型と違い、常に自分と直面している人が多く、自己否定、自己嫌悪が行き過ぎている人が多い。時間が経つ程に孤独に苛まれることになりやすい。

将来設計をし、若いうちから自立すること。自分を守る術(すべ)を身につけること。恋人にも誰にも干渉されない、自分だけの生き甲斐を見つけることです。喜びを探して下さい。自信を取り戻すための努力をして下さい。男子なら武道、女子ならばコスメと料理を努力することが手っ取り早い自信の取り戻し方です。



障害の乗り越え方5

3、常識型

文字通り常識的な生き方です。子供の時から自分のやりたいことがわかっていて、自分がやるべきことを素直にやることができ、小学生あたりでは特別秀才ではなくても、継続的な努力が報われ自分の実力に合った進路を進みます。大きなことは望まない代わりに、着実な人生を歩みます。一言で言うとバランスのとれた生き方です。

障害の起き方は様々ですが、この常識型の人は普段から敵を作らず人間関係も円滑ゆえ、回りの人、皆が当たり前のように障害をクリアーするために手を差し伸べてくれます。本人も感謝し、自分もまた奉仕することを自然に行います。こうゆう人は地味ですが堅実で崩れません。恋愛もしかりです。




障害の乗り越え方6

以上の3つの型が、運勢の流れの中で様々な化学変化を起こし、現実化してきます。
それゆえ、小学生の時は、あんなに素晴らしかったのに...。とか、大人になったら見違えた。と言う現象が実際は起きています。
今の自分はどの型に入っているのか、本来は、力のある鑑定士に依頼するのが良いのですが、自分でもこれはある程度判断できます。元々は1型なんだけれど、今は違うな、3型かな、と思っている人は、人の話を素直に聞くことができ、お先にどうぞと言えるようになっていれば、3型です。
自分は2型なんだけど、社会的にも安定してきている、人生の目標もある。そのための努力もしているなら3型です。逆に、学生時代は人に好かれ順風満帆だったのに、最近思うように行かない。と言う人は、いつの間にか、人任せの仕事をしてないか、何かあると責任は自分には無いと心の中でつぶやいていないかを自問して下さい。2型です。同様にある程度出世はしたんだけれど、最近人が自分の周囲から去っていく。家庭にも今までのような笑顔が無くなった。そう感じている人は自分の口調が命令口調になっていないか、家族を含め他の人の意見をことごとく無視していないかを自問して下さい。1型です。

この3つの型が恋愛に出た場合は顕著な現れ方をします。


障害の乗り越え方7

恋愛関係に現れる特徴は、想像して下さい。ほぼ想像できると思います。1の場合は極端な例ですが、「ミザリー」という映画にもなったホラーの傑作がありましたが、1の特徴を顕著に表した、最悪な例です。

障害が起きるには起きるだけの理由があり、自分では一番気づきたくないし、無視したい自分の心の中の、ある部分が起こしています。他人から疎外されていると感じている人は、実は自分が人を寄せ付けないオーラを出していたり、男運が悪いと言っている人は、実は、ちょっと悪っぽい、影のある男が大好きだったり、平凡だけど安定している男は「つまらない」と言って見向きもしなかったり。人生を楽しんでいると言えば、そうなんですが、一生には限りがあり、老いと病と死からは逃れられない。人生の上で一番の障害はこれだと私は思うのですが、今この瞬間の自分自身の考えが、人生を作っていきます。これらの障害に対し、自分はどう対処していくか?そのためには自分の過去と直面し、自分はどうしたいかを考える事から始まります。

こころ豊かな人生を歩んで下さい。

過去にこだわれば、過去の延長としての未来です。



障害の乗り越え方8

冷静に自分を見つめ、自分にとって当たり前だととっていた行動や心の反応が、積もり積もって色々な障害を起こしているという事実が理解できたら、次にやるべき事は、

1型の人は、「自分だけが良くなればいい」と言う心の中の会話をやめて、他の人と喜びを分かち合う事を心がけ、自分も人から生かされているという感謝の気持ちを持つ事です。

2型の人は、どうしても負け役を負わされる事が多いので、自分で自分を守ることです。学生ならば、どの道でも良いのでその道のプロになる事です。学歴は問いません。資格でも仕事でも時間をかけて一流になって下さい。既に成人しているのならば、一生かけて楽しめるような趣味を持つ事です。会社では絶対に孤立しない事。倒れかけたとき、力になってくれなくても、「話を聞いてくれる人」を持つ事が大切です。負け役は恋愛に顕著に出やすく、不倫の対象にされたり、遊びの対象にされたりしやすい。相手を選ぶ事です。

「誰かに愛されたい」ではなく

「一緒に幸せになれる人」ですね。

仕事では仲間を作る事です。仲間作りが苦手ならば、自分が一流になる事です。自然と人の心に生きる事ができるようになります。そして、最も大事な事は、一流になる事ではなく、一流を目指す自分を好きになる事です。自分を好きになる事ができ、相手も自分と同じくらい自分を大事にしたいんだと理解できれば、豊かな心と人間関係が生まれてきます。




運勢を変える事について

運命は変わらないと言う人がいますが本当にそうでしょうか?
今は亡くなられた有名な俳優さんの命式を見た事があります。ある有名な鑑定士さんは、本で、ずば抜けたアイデアと企画力で一世を風靡できたと書いていましたが、私の見立ては、死ぬ程追いつめられ、命がけで絞り出したアイデアと企画を必死でやり抜いたすえ、結果、人に受け入れられたものです。最初から、決して運勢として与えられたものではありません。本来ならば、頑固で変わり者で誰にも相手にされない人です。実際借金の山を築き家族からも疎まれていたようです。けれども彼は、その道で生きる事を決心し、芸を磨き、人付き合いを学び、自分が出世したとき、人の世話をし、そして、名声を得ました。それを得るために約50年を費やしています。孤独で人のいない所で何度も泣いていたはずです。それでも志を曲げなかった事、出来る努力は惜しまなかった事、芝居が命と覚悟した事により得られた結果です。

バランスがとれた生き方ではありませんが、彼なりの後悔の無い一生だったと思います。

楽して運勢を変えることは、無理です。誰かにすがって運勢を変えてもらう事も無理です。しかし、運勢を変えようと努力する人には、必ず協力者(人、書籍、出来事)が現れます。

運勢は変えられます。




方災よけについて

方災について、とても気になることを言われたり、言ったりする人達がいるので方災除けに良く効く神社仏閣をお知らせします。

これが効かない場合は、原因は方災ではないと判断しなければなりません。


1、出雲大社の方災除け

以下は出雲大社東京分祠のホームページからのはりつけです。

出雲屋敷地鎮祭 住宅や宅地が凶相のため病人が続出したとか、家業が発展しないとかいうことがよく いわれます。移転、普請などの場合は方位家相を調べてもらうこともよいでしょう。そう した時に吉相の方角に思い通りの建物を建てることができないことが往々にしてありま す。このような時に大地の司神であります大国主大神の御神徳をいただいて御守護を 願う信仰が「出雲屋敷」なのです。
大国主大神は別名、大地主神と申し上げ、大地を司る神様であって、全ての土地を守 護される尊い御神徳があります。即ち、その土地に属する方位方角についての一切の 傷害を除去される働きを持っておられるのです。
皆様の屋敷を大神様のお屋敷に祀り替えることによって、何の方位の凶相もなくなり、 信仰により全てが吉相になるのです。土木建築をする際は、必ず土地に関する最高神 である大国主大神の神慮を仰ぎ、土地の平安堅固であることをお祈りすべきでしょう。 この出雲屋敷の御祈願のお取り次ぎをいただいて建築に着手すれば、必ず大神様の 御加護をうけて、俗にいう金神・鬼門・塞・歳破・的殺などの方位の祟り障りもなくなり、 事業もうるわしく無難に成就し、家々はいよいよ繁栄するようになりましょう。古来、出 雲屋敷についての霊験は数多く語り伝えられております。なお、出雲屋敷にされた方 は、毎年、この神恩の感謝の気持ちに多少の初穂を奉納する「屋敷年貢」によって、長 い年月かけての大神様の御加護を得て、安楽に末永く住まうことができるのです。

詳しくは出雲大社東京分祠に直接お尋ねください。電話03−3401−9301(9時から17時まで)http://www.izumotaisya-tokyobunshi.com/

もう一つは

全国開運神社仏閣ガイドからの貼り付けです


五流尊瀧院(ごりゅうそんりゅういん) 岡山県倉敷市林

五流尊瀧院(ごりゅうそんりゅういん)
 修験道本庁。役の行者が伊豆の大島に流される時、五人の弟子が、熊野の神体を奉じて児島に逃れ五院を建立し五流の基礎をつくった。五流五家とは、尊瀧院、太法院、報恩院、建徳院、伝法院をいいその中心が尊瀧院であった。この地を熊野三山に真似て、新熊野三山を造ったのが修験の根本道場五流が児島にある由縁。後鳥羽天皇の時、三井寺長吏覚仁親王が、承久の乱(1221)を避けて児島に下り、尊瀧院に住した。その兄宮の頼仁親王(冷泉宮)も、この地に配流され、兄弟一緒に住した。この後、五流山伏と云われて朝廷にも大きな発言力を持って栄え、徳川時代には備前池田侯が、知行を増やし伽藍を奉納して、発展を遂げた。明治になり神仏分離の令で修験道廃止の憂き目にが、役の行者の行法垂則は連綿と続いた。昭和21年から五流尊瀧院を総本山として宗教儀式行事を壮厳に執行している。

★ 所在地:岡山県倉敷市林952
★ 交 通:木見駅下車
★ 連絡先:086−485−0027

こちらに直接お問い合わせ下さい。







運命の人

恋愛は子供のころから、誰もが描く夢ですね。

そして好きな人のために変わろう、

もっと魅力的になろうとする所から、

人は成長し始めます。男も女も一緒です。

そして、愛する人との出会いは、

運命で決められているものではありません。

自分が成長できれば、

成長した分、違う人との出会いが待っています

そして、その人を愛せる覚悟がつけば、

その人こそが貴女の選んだ運命の人です。

自分が決めてこその人生です。逃げてはいけません。

結局、他人への甘え、依存は、

自分から幸せを放棄することに繋がってしまう。

「天は自ら助くる者を助く」という有名な諺があります

自分は自分でしか救えないけれど、どうやれば救われるのかは

お伝えすることが出来ます。お尋ねください。






不器用な人へ

恋愛にしても人付き合いにしても、不器用な人がいますね。

かんしゃく玉のような人です。

最初のうちは、

そのくらいのことで怒るなよと言ってくれる人がいるので、

なんとか寂しい思いをしないですみますが、

そのうち回りの人もどう扱っていいのか解らなくなり、

孤独になります。

癇癪を起こす原因を探ってみると、

大抵、ほんの些細な冗談が、

自分の知っている事実と違うと言うだけで義憤を起こしてみたり、

軽い冗談をまるで自分の存在を否定されたようにとってしまい、

手が付けられなくなります。

しかし、それを言った相手の本心は、実は、

ただ、冗談を軽く受け流し、

その人の笑顔が見たいだけの場合が実に多いのです。

相手にとってはコミュニケーションのための会話が、

なにやら、取り返しがつかない地雷原に彷徨うことになってしまう。

人が寄り付かなくなります。

人の交流は基本的に相性(運勢による嗜好)による

化学反応のようなものです。

ですから普段から自分の傾向を自覚していないと

勝手に嗜好通りの反応が起きます。後悔先に立たずですね。

自分が不器用だと感じている人は、

先ず自分が何に反応しているのか?

そして相手の真意はどこにあるのかを検討して下さい。

また自分には疑心暗鬼の傾向があると思う人は、

とにかく何があっても揺らがないだけの自信を身につけることです。

諦めたら、そこまでと言うのが人生です

運勢は味方することを放棄します。

傷を負うものは、

傷に塩を塗り込むようなことさえしなければ、

時間が必ず癒してくれます。

自分を知ること。自分を余計に傷つけないこと。

そして、少しずつ自分のペースで進むことです。

運勢を別の言葉で表すのなら、

それは「他人の自分に対する好意、協力」となります。

大事なことです。考えてみて下さい。



大運について

大運は、一般に言われているような絶対的なものではありません。

知らずに決められている、運行表のようなもので、

知らないからそのまま、ハマッてしまいます。

例えると、回転寿しの寿司のようなもので、その人の嗜好が元命式、

回転する寿司が運勢になります。

自分の嗜好が吉ならば何が回ってこようと、

楽しく食べられますが、凶の場合は大好物のネタに劇薬が仕込まれています。

そして大好物ゆえに魅力的で抗い難い。

これが迷いの原因です。

頭では解っていても本能が求めてしまう。

知性と本能と言ってしまえばおしまいですが、

幸い、他人からの警告、守るべき人愛すべき人、自尊心、があれば、

それに手を出すことに抵抗出来ます。

この意思こそが人として生まれた最も尊いもので、

「自由を求める意思」とでも言うものです。それゆえ、

自分は意思が弱いと言ってしまうことは、

自由を放棄してしまうことに繋がります。

「自分は意志が弱い、だから、諦めずに頑張るんだ。」

この心がけで一生を見据えた、備えと準備をすれば、

どんな凶運でもあまり怖がる必要はありません。





2010年 6月から11月





イマジン

もし、太陽が今日調子が悪いからと、夜明けの時間を遅らせたり

日没に時間を出鱈目にしたら、その影響は計り知れません

人は、どんな人でも、たとへ自分には価値がないと思っている人でも

その人が生み出す宇宙があります。そして、それぞれの宇宙が重なって

社会が営まれています。だから、もし、一人の人がため息をつけば

あらゆる人の心の底に絶望の小さな種が播かれるかもしれません

また、誰か一人、切ない程の喜びを感じる事が出来れば

喜びの可能性が人の心に播かれます。

それぞれの喜びと悲しみが相殺され、求め合い、日常が繰り返され、

人は一生を終えます。

ある意味、心の中に播かれている、この種子のどちらを育てるかが

その人の人生の価値をきめるのかもしれませんね。

どうでしょうか、どうしても、物事を最後までやり遂げられない

厭きてしまい、なんでも途中で放り出してしまう。

そのことが、実は、大きな大きな影響を、世界に与えているのかもしれない

と考えてみて下さい。最初の太陽さんの話です。

最近「イマジン」にハマっている訳ではないのですが、

もし、足下に空き缶が転がって来たら、それは誰かの悲しみで

その缶をひろってゴミ箱に入れてあげれば、その悲しみは完結し

その人に新しい人生が始まるかもしれません。

大声で人に貢献するんだと言う人よりも、もしかしたら、

はるかに大きな役割を他人の人生で演じているのかもしれません

このように心を使ってみて下さい。人生が豊かになります。














この事を逆手に取っている宗教があります。霊感商法で悪名を轟かせた宗教ですが、未だに、この呪縛から離れられずに生きている信者さんは、日本人であると言う理由で世界中の罪を背負わされ贖罪のための寄付に奔走しています。本来のその方達の宗教では主が人類のそれを背負われ十字架にかけられ、人類の贖罪は終わっているはずなのですが、それでも足りないという。主への信仰がどれだけ薄いのか。ただの金儲けのための欺瞞です。


治水について

昔から治世の要は水を治める事とされてきました。

大河の氾濫を治め稲作や農業のため、また、飲料水としての治水が

国を豊かにする礎になるとの考えです。

中国では黄河や揚子江などを代表する大河

日本でも坂東太郎と言われた、かつての利根川なども

江戸時代初期より大治水事業として取り組まれてきました

「水を治めるものは天下を制す」

管仲のこの言葉通りを幕府はやったのだと思います

しかし文字通りの「水」だけを見てしまうと、

インフラ整備の重要性で終わってしまいますね

でも「水」は「人」であり、人の「心」と考えたら

もっと意味のある言葉になるのではないでしょうか?

よく人の運勢を激流や奔流に例えますが、実際

恋愛に限らずこれと良く似た作用をしています。

雨水の小さな一滴が集まり川になる姿は、

人が生きる努力を重ね、一つの事を成す姿そのものだし

台風の時、山崩れを起こさせ、全てを流してしまう姿は、

「怒り」にかられた人の姿そのものです。

最初は誰もが泉から湧き出る峻烈で清らかな清水そのものです

そして、それは必ず下方に向かって流れるようになっています

流れれば、川という決められたルートに添い

流れれば流れる程、虚雑物はまじり、濁る

人とはそうゆうものです

けれども人は自分を客観的に見ることができます

客観的に自分を見て、

混濁したものが毒なのか栄養なのか?

今流れているルートがひからびる道なのか、

豊かに人や自分を灌漑する道なのか?

それを見極め、より安全でより良い方に水を導くのが

本当の意味の教育であり、治水の意味だと私は思います

生きる意味を知る事と言い換える事も出来ると思います

治水は誰にでも出来ます。自分自身を見つめる時間を

少し増やし、自分を嫌いにならない事が大事です

嫌いになれば、自分に良くしてあげる事が出来なくなり

良い方向に向かう努力を放棄させてしまうからです

自分を大事にすること。そして、行動する事です





大きな勘違い

占い好きのかたで、占師さんから、何年までは吉運だから

何をしても大丈夫と言われ、「それなら、どうせ一度の人生だ、

何年までは好き勝手しよう」と言っている方が時々います。

たぶんその占師さんも、運が切れる時期が何年だから

それに備えるようにと暗に、おっしゃっているのだと思うのですが

どんなに吉運でも、毒を飲めば死にます。運があるから

ビルの3階から飛び降りても、もしかしたら無傷で済むかもしれませんが

15階から飛び降りたら確実に死にます

何をやっても大丈夫などと言うのは真っ赤な嘘です

たとえ吉運だとしても、人のものを盗れば

追われるし、吉ゆえに捕まりませんが吉運が終われば捕まります。

吉の運、平運は凶運のために備える時期で

今、年齢が若く、どうにも思うようにいかない人は

忍耐を学ぶ事が今の自分にとっての果たすべき

第一の課題だと思って下さい。根気が足りない自分がいないか?

目標が定まらない自分がいないか?

夢ばかり見て、行動することに臆病になっている自分がいないか?

自問してみて下さい。

今、お金もあり、仕事もそこそこで、なんとなく思いが叶っている人は、

自分の将来に恐怖してください。それはアナタの実力で勝ち得たものですか?

テレビの世界を通り過ぎて行ってしまった一発屋さんと同じではありませんか?

運だけで登り詰めた人は、あっという間に消え、実力で登って来た人は

低空でも飛び続けています

男女の出会いも同じです。

運の善し悪しだけでは人は量れません。

今、その人が何を考えているか、何をしているかが最も大事で

それに寄り添うように運勢が、その人の後押しをしたり、

足を引っ張ったりするのです。このことを勘違いしてはいけません

この事に気がつかなければ星の通りの生き方になってしまいます。






























易的な考え 改善方法

易で見る男女の考え方は、男女を陰と陽に分け、かなり道徳的な解釈をしています。

例えば、地天泰と言って地を母と天を父とし、

天地の交わりが充実している時は泰然として吉であるとか

澤雷随は少女が長男に従う形で大いに通って吉であるとか、

ものすごく封建的でタテ社会のルールを強調しています。

これは易を孔子が儒教の考えで解釈したものが易経として残っているからで、

本来の易の考えは、太極から陰と陽が生まれ、出会い、まじわり、万物が生まれると考えます。

万物が生まれるとき、5種類の構成要素と8種類の性状に変化し(五行八卦)

ものが成った時点でそこにまた新しい太極が生まれ、

再び陰陽が生じ、永遠にこの運動を繰り返す

というのがこの世のルールだと考えています。

また、ものの寿命については陰が極まれば反転し陽になり、

陽が極まれば陰に反転すると考えます、心が極まる時、肉体が極まるとき等々

一つの流れが限界まで高まった時反転する作用が生じ始めます

肉体の成長を陽と考えれば、成長が極まった(とまった)時点で

陰に反転し老いが始まり、老いが極まったとき、

死を迎え、老いた肉体を捨て、胎児に宿り

再び陽のリズムが刻まれ始める。

易には死後の世界感はほとんど語らえていませんが、

語らないのは、現世と特別に変わらないから、語る必要がないのだと私は思います。

人は「類を持って集まる」とあるように、再生も現世も自身の身に沁みた習慣や考え方、

同じ波長を出す者達のグループの中で生きます。

けれども、誤解してはいけない所ですが、

決して、そこのグループに固定されるものではなく、

そこから出るのも自由だし、そこにいるのも自由であり

その集合体の性情と違う波長を出し始めれば、すぐに仲間はずれにしてくれます。

これを変易と言って

固定されたものなど何もないと言う易の考え方のひとつになっています。

人の記憶は、肉体の気持ち良さ、気持ち悪さの体感などの身体の記憶と

人から何か言われたり、直接または自分の心の中で反発したことによる言葉の記憶

漠然とした寂しさ、こみ上げるような感動、空想や夢などによる心の記憶

それぞれ、または一度に全部が作用し、

いわゆる言葉、身体、心の3つのルートで記憶され、

この記憶が複合して、様々な波長を生み出します。

この3の記憶を活用しようと言うのが

成功哲学や精神世界では大きなテーマとなっているのですが、

こころは傷つきやすく、育ちにくいもので、

マイナスの波長は簡単に出せるようになれるのですが

こころを育て、より高い、安定した波長を出すのには訓練がいります

さて、それではどうやって現状を改善させていくかですが、

起きている現象を五行八卦からの影響に還元し、

改善にふさわしい五行が象徴する物を置くことによって

その影響を改善しようといのが主に風水の考えかたで、

風水グッズや五行の象徴物で実践されています。

実際の効果は術者の腕により雲泥の差があるのも事実ですが

良い風水師が改善をすれば効果はあります。

(風水に原因がある場合または運勢的に遺憾ともし難い時は私もこの方法を使う時がある)

しかし、あくまで、他動的な改善で、本人の人格が良くなる事は、あまりありません。

その場はシノゲテも必ず同じ事でトラブります

抜本的な改善方法は、本人が変わる事により引き寄せる波長を変える事ですが、

どこを変えるかは、大抵、本人自身が、なんとなく気付いていることで、

一番他人からは言われたくない内容が多く、

アンタなんかに言われたくないと抵抗している人が多々います。

楽をして性格も変えたい。これが本音なのでしょう。

やはり人が変わる事は難しい。(でも、諦めたら、川下りになってしまいます。)

復縁の相談で「これをやったら戻れるよ、でも、これを言ったら別れになるよ」と指導し

次の日に「戻れました有り難うございます。」と明るい声で電話が入り、

その次の日、「別れを告げられました何とかしてくダサイ」と電話が入り

「どうしたの」と聞くと、「言ってしまいました」と答えた人がいました。

本当にそうなるとは思っていたのかいないのか、

信用度ゼロだなと、裏切られた感覚がしばらく続いた事があるのですが、昔の話です。

このように目の前に薬と毒を示されても、毒も選んでしまう人がいます。

そして、毒は飲んでみないとわからないと言うのが、

元気な時の一般の男女の姿です。

もし、人が成長するためにこの世に生まれているとするならば、

己を変えるキッカケを作るために、

わざわざ毒を選んで自分を傷つけているのかもしれません。

傷が致命傷になる前に素直に耳を傾けてもらえれば、

もう少し楽な人生を生きる事が出来るのですが。

難しい事かもしれません。

自分の波長を変えたいと思う人は、この記憶の原理を良く読んで下さい

3つを1つにできれば、一番強い電波が飛び始め、引き寄せの力が

働いてきます。



婚活について

「婚活」という言葉について、ある女性が「安売り感が半端ない」と言っていたことを思い出す。
「タナザラシっていうか、ダンピング推奨銘柄ってことにならない?」
「だって、本来、相手を選ぶのはこっちなわけでしょ?」
 なるほど。結婚が市場のだとして、であるのだとすれば、売り手であるよりは買い手としてかかわりたいのが人情というものだ。
「なのに《婚活中》とか言われると、売りに出されている気がするわけ。値札をつけて歩いてる感じ。屈辱よね。スーパーのタイムセールじゃあるまいし」

(これは日経ビジネスの小田島隆さんの日本の野球には「窓が足りないんじゃないですか?」というコラムのなかにあった、コラムの内容とはあまり関係ない部分からのコピぺです。)

適齢期の女性の本音の一部でしょうね。特にまだ、20代前半の人達の意見で、とても若く、

精神的に幼い感じの人の意見だと私は思います。

まだ、自分自身の商品価値(男性が自分を選ぶときの)を

若く、それなりに奇麗だし、能力もあるし、それなのに、

タナザラシ的に思われるのは、あり得ない!とプライドが許さないのでしょう。

でも、人は物ではありません。

もしかしたら、自分を一番卑しめているのは自分自身なのかもしれませんね

本来の運勢鑑定は、運勢の評価をし、人に優劣をつけるのではなく

運勢上にある長所の伸ばし方と、短所の改善方法を提示するものです。

人を物としては扱わないし、人の価値は無限に変化します。



婚活で自分の一生のパートナーを探すのに何の躊躇がいるでしょう?

できれば、一生なかよく、二人で思いで作りをしていきたいといのが

一般的な夫婦の望みではないでしょうか。

そのためには、生活や家庭環境が自分と近い人の方が、お互い理解しやすいし

共通項が多ければ多い程、落ち着けるものです。

パートナーに野心を持てば、それなりの努力が不可欠になるのは、最初からわかりきったことです。

婚活中の人へのアドバイスです

勇気を持つ事そして執着しない事

結婚したら、勇気を持続し、根性を持ち、家族に根を張る事。

軽々しく手放してはいけません。




家相 風水について

元命式(持って生まれたその人の星)が平運なのにトラブルが起きる事が多々あります

その原因は一つには改築や引っ越しによるもの

もう一つは素行の悪さが原因で自ら播いた種を刈っているもの

この二つが代表的な例で、原因がここにある場合

吉運でも扉が開かないことがあります。

引っ越し、改築の場合は物理的な場のエネルギーとでも

言うものが原因なので、改善方法はそれなりにあります

気をつけなければならないのは、夫婦の寝室に問題がある場合、

片方にだけ現象が出ると言う事はなく現在は片方に強く現象が出ているだけで、

時間差で両方に起きて来ます。

例えば、素敵なマンションに引っ越ししたのだが、そのころから夫が浮気を始めた

奥さんも悩み、相談相手を捜しているうちに、相談した元カレと再炎したり、

憂さ晴らしのつもりで始めたネットコミュニケーションで

運命的な人(本人曰く)と出合ったり、結果的に夫と同じ現象が起きる場合等多々あります

もし、まだ後戻りできるうちは、一度、家の間取り(風水)を疑ってみて下さい。

傷が致命傷でなければ回復できると思います。





もう一つの原因である素行が悪い場合は、本人が自覚しなければどうにもなりません。



境界性人格障害(境界性パーソナル障害)

NHKの報道で若年層の自殺と、この境界性人格障害の関係についての特集が組まれていました。一応ウイキぺデアを貼っておきます。

診断基準 [編集]

DSM-IV-TRの診断基準では、以下9項目のうち5つ以上を満たすこととなっている。『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』(著者:American Psychiatric Association、翻訳:高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、出版社:医学書院、ISBN 4260118862) より引用

対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で成人期早期に始まり、さまざまな状況で明らかになる。

1 現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気も狂わんばかりの努力(注:5.の自殺行為または自傷行為は含めないこと )

2 理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式

3 同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像や自己観

4 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質濫用、無謀な運転、むちゃ食い)

5 自殺の行為、そぶり、脅し、または自傷行為のくり返し

6 顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2〜3時間持続し、2〜3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)

7 慢性的な空虚感

8 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)

9 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状


医学用語で判りにくいのですが、色々なサイトに、いろいろな具体例が出されています。

依存と拒否、加害と被害者意識、自己否定、恒常的自暴自棄と孤独感、崇拝と侮辱、極端に感情が入れ替わる不安定さ等が特徴ですが10人のうち4人くらいには誰にでもある兆候です。

もし、人間関係でどん底だったり、自分の性格がどうにもないくらい嫌いだと思っている人は、一度お医者さんにいって調べてみて下さい。自分だけが特別不幸なのではなく、最近増えている、病気の症状が出ているだけとわかれば解決の道は開くかもしれません。



矛盾する人のこころ

人には、

1、誰からも干渉されたくない性質と

2、一人ではさみしくて生きられない性質があります。

矛盾している性質ですが、これはどんなに強い人にもどんなに弱い人にも共通してあるものです。特に一度誰かと暮らし、別れた経験がある人には痛感するものなのではないでしょうか。よく、男性が女性をたとえるとき猫を例に出しますが、この性質をよく表していると思います。(魚の名前がついた芸人さんなどは典型的な方で、しゃべり続け笑ってもらう事で孤独を隠している人です。)

どう生きればこのバランスが上手にとれ、破綻しない人間関係が出来るのでしょうか?
1に関しては自分への干渉を許すこと。許すためには相手を認める事が必要です。相手を認めるためには、何が必要でしょうか?男女関係に限って言えばイケメン度?相手の財産?相手の格好良さ?家柄?常識?自分に対する愛情の深さ?自分を認めてくれる度合い?ここからが個々に別れるところで、その人の価値観に依って変わってきます。また、仕事関係、ご近所付き合い、ママ友付き合い、あらゆる人間関係で生じて来る問題です。けれども一番大事な事は何を干渉されても、噂されても、自分の身を清廉潔白にしておく事。これが王道です。道端でゴミを捨てれば、捨てるなと干渉されるし、職場でヒステリーを起こせば悪い噂が流れるし、ママ友に会って挨拶をしなければ、陰口を叩かれます。当たり前の事です。この、当たり前のことが少しづつ欠如すると、孤独の壁が少しづつ高くなって行きます。(時間をかけて逆のことをやれば元に近い姿に戻ります。)

2に関して、さみしさも色々で、独り寝のさみしさ、一日中しごとをし、家に帰ったとき、ふと考えると誰とも会話していなかった事に気付く時、また、友人の家族を想像したり、病気になった時の孤独感には重いものがあります。でも、これは趣味のサークルや習い事に積極的に参加すれば、半分くらいは簡単に消えます。やるやらないは本人次第です。(その中で、心から話し合える誠実な人と出合えるかどうかは別問題です。)

どうすれば、そんな場に積極的に参加できるようになりますかと問われた場合、ちょっとだけ勇気を出す事をすすめます。(体力があるうちは孤独の底にたどり着けば自然に浮いて来るものですが、体力が無くなるとそのまま沈み腐る場合があるので注意が必要です。)

買い物をするとき、マメに挨拶をすること、お店のオバちゃんにおいしかったの一言をかける事、しゃべるのが苦手なら、人の良さそうな店主がやっている行きつけの食道を見つけ、通い、声をかけてもらう事。(日常には、問題を解決するあらゆるヒントが転がっています。見えないだけなのかもしれません)
こんなことする自分は変人?なんて思う必要はありません。当たり前のコミュニケーションで昔の人は当たり前にやっていた事です。これは自分の居場所を見つける事に繋がる事で、いわゆる「地元」を持つことです。「地元に帰れば、ほっとすることができる。」これだけでも大きな救いなのではないでしょうか。人は孤独を嫌う動物で一人では生きて行けないものです。

男性の場合クラブやキャバレー風俗で孤独を癒す人が多いのですが、女性の場合はホストクラブがありますね。けれども、お金を縁で直接、楽を求めるとき、お金の切れ目が縁の切れ目になります。また、残念なことですが、恋愛のキッカケにお金が絡むと、本人達でさえ、孤独を紛らすためか、お金のためか、相手への愛情のためか判らなくなってくる場合がとても多いのです。本人達も苦しむ事になります。金と愛は両立せず同化していきます。ここまで糸が絡んで来ると元に戻すのは難しいですね。



コア事業

前回に引き続き、日経ビジネスのオンライン版で面白い記事を見つけました。日経ビジネス
日経BP社から発売されたジェームズCコリンズ著「ビジョナリー カンパニー3衰退の五段階」という本に関し、その内容をタカラトミーの副社長さんが自分の体験を踏まえインタビューに答た記事です。衰退の5段階とは

 1.成功から生まれる傲慢
 2.規律なき拡大路線
 3.リスクと問題の否認
 4.一発逆転策の追求
 5.屈服と凡庸な企業への転落か消滅

これを読んだ時、運勢の吉運が終わり、坂を転がるように落ちて行く人の現象と、まったく同じなので少々驚きました。吉の運勢が人生の前半に偏っている人の特徴で、子供の時から、試験も前の日に一度教科書に目を通せば満点がとれ、入試も山が当たり、現役で一流大学に通り、そこそこの努力で大企業に就職でき、身内からは所謂成功者と呼ばれ、結婚し家庭を持つ。この辺りで運が切れてきます。すると、1の傲慢のスイッチが入ります。成功者の自負が仇になり、運があるうちは運のオーラで隠されていた他人を見下す態度が、運が切れてくると何となく周りにいる人達の鼻につき始め、本人も吉運で、ストッパーがかかっていた欲望が器から漏れ始め、同僚との浮気や元カノとの復縁などの女性問題や、同僚や上司との諍いを起こし、嘘を嘘で隠すような事が公私にわたって始まります。これが規律がどこかに吹っ飛び始める第2段階の兆候で、同時にリスクを犯し始める第3段階に入ります。事が公になったり、疑われ、あちらこちらから責められ自分の居場所が無くなると第4段階の一発逆転狙いの勝負にでます。最悪の場合は犯罪に走る事ですが、転職し、人生をリセットするとか、離婚して新しいパートナーの所に転がり込むかとか、いろいろですが結果はほとんどが第5段階そのものです。それでも、いろいろ見ていると、毎日通勤できる仕事場がある人はまだまだ幸せだと思います。

この事を改善するためにはどうすればいいのか?それも記事の中に書いてありました。
著者のコリンズ氏は「コア事業に立ち返る事」が衰退を防ぐ道だと指摘しています。
個人にとってのコア事業とは何でしょうか?一生懸命仕事をする、家庭を守る、疑われるような事はしない、人との和を大切にする。人から後ろ指さされるような事はしない(いままで何度も何度もいろいろな所に書いてきた事、そのものですね) 当たり前の事ですが、この当たり前の事が、傲慢さ(これは自尊心が少し姿を変えた姿ですね。)によってできなくなってしまう。本人も「なぜ?」と問い続ける事になります。

成功者を羨ましがる人が沢山います。でも、もし、多少お金に困っていても、明るい我が家があるのなら、それはコアビジネスとしては間違いなく成功者です。他所と比較する事なくご自分のビジネスを大事守って下さい。



女性の生き方

日経ビジネスのウエッブ版にアクセスランキングがあります。その中に「女性が読んだ今週の記事トップ20という項目があり、それを読むと、いろいろ考えさせられます。私が読んだのは「ただトモ」化するニッポンという連載の「シロガネーゼ」が「おひとり妻」となる理由と「オトコらしくない」からうまくいくの記事です。日経ビジネス

子供の頃から塾に通い、受験戦争を勝ち抜き、社会に出、自立し自由を獲得した女性の一番嫌いな事は、どうやら忍耐したり我慢する事らしい。さんざん、「女の子なのだから....。」と言われながら育ち、本人達も「女の子だし」と言って行動を制限していたリミッターが、自由を獲得すると壊れ、ときに暴走し、また、そのステージでの新しい欲求としてママであり、主婦であり、女であり、プチキャリアであるのが素敵でカッコイイと言うトレンドも、そう考えればなんとなくそうかなと納得できない事もありません。しかし形だけの流行を追い、実が伴わない人のなんと多い事か。

その原因を考えてみると、我慢する、忍耐する事が出来ない人が増えていることだと私は思います。結婚すると相手にありのままの自分を受け入れさせたいと思います(大抵はこの時点で喧嘩が始まり、夫と妻の力関係が決まり、DVの種だったり、外に癒しを求める理由付けの種が播かれます)また、最近多いと言われる物わかりが良いイエスマン夫だと今度は物足りないと言い始めるのですが、これは実はその人の持つ恋愛の傾向と本質を表しています。

易的な世界観では

恋愛とは火と水の交わりで刺激し合い、尅し合うことで男女は惹き合い求め合うという考え方をします。

また別にもう一つ男女の関係を表す考え方があり、

それは男女がお互いの足りない部分を補い、お互いをいたわりながら、子を育て 可もなく不可もなく綿々と次の世代の橋渡しをするという生き方です。

前者は焼けるような恋をしたい人、後者は堅実な生き方です。これはその人の好みの問題で他人がとやかく言う問題ではありませんが恋愛と結婚の本質的な課題です。

刺激的な恋愛を求める人は堅実な生き方が安全だと判っていても、そうゆう相手とは縁ができませんし、仮にそうゆう人と出合ったとしても、心の底に秘めた情念に耐えられなければ、破綻しますね。当たり前のことです。

大事なことは、

自分の情念は何処にあるのかを見つける事。

次ぎに、それをどうコントロールするかを考える事です。

自分の情念を優先させる人は、他人の存在をほぼ認めません。先に書いたように自分を理解させたい欲望はありますが、頭でっかちで、相手の事は判っていると言いますが相手を理解し、寄り添う能力はあまり発達していません。もし、安定した人生を望むのなら自分自身と戦う必要があり、ありのままの自分自身を認めては、認められません。忍耐を学び、相手を理解することを心がけて下さい。


メールと手紙

復縁を願う人からの相談で、ある程度二人の関係が落ち着き、自分自身に復縁の準備ができたとき、復縁の為のアプローチとして手紙を書く事を私は薦めています。メールではダメですか?と聞かれるのですが、メールではダメですと答えます。メールは少し安易です。貴女が本当に大切だと思っている人に、友達や連絡網にまわす、事務的連絡と同じ手段で相手に気持ちが届きますか?と言うと黙ってしまいます。携帯の小さい画面に、自分の気持ちを書き連ねる、お互いにとって、重い話題を必死で書いても、相手に忍耐力がなければ、メールは開きますが、2行も読めば削除され、相手がまだ怒っていたり、その気がなければ着信拒否にされるのがおちです。そのくらいメールは手軽で軽いのです。手紙は重いし、自分が重いと思われて嫌われるのは嫌だと言う人もいますが、既に嫌われたから別れ話が出たという現実をどう受け止めているのでしょうか?

手紙にはいくつもの効用があります。自分の心の整理と起きた事に対する客観的な見解が生じれば、何が原因でそうなったのか、別れた後の自分の感情と相手に対する気持ちはいったいどうなっているのか。どんな気づきがあったのか等々、とてもよい自己セラピーになります。なんども納得が行くまで書き直して下さい。

二つ目の効用はどんなにつたない字でも、文字が貴女の人柄と気持ちを相手に伝えます。丁寧に書いた文字には魔法のような力があり、より、直接相手の心に触れる事が出来ます。これが文字の力です。一文字一文字に相手への思いを入れた文字ならば、完璧に嫌悪されていない限りは、あと一度くらいはチャンスが生まれてきます。そこまでやってダメならば奇麗に諦められるし、諦めきれないならば、それは恋愛ではなく、相手との勝ち負けをやっているのであり、別れの言葉を相手から言われた事が許せない自分がいるのではないか、よく考えて下さい。これは本人のプライドの問題です。

恋愛も人間関係もダイエットと良く似ています。キッカケさえあれば、欲しかった自分が手に入ります。
恋愛の痛手を自分の人生を変えるためのチャンスに変えて下さい。


努力を放棄する事

一生懸命戦い、これでもか、これでもかと努力しても、ちっとも良くならない。なぜでしょう?と問う方がいます。根が真面目でやさしく素直な方に多い問いです。依存型の流れに流されやすい人には目標を持って努力して下さいと言いますが、このような方には別な答えがあります。肩と腰の力を抜いて、ゆるむことです。戦いと努力は極度の緊張を強いてきます。それに慣れた体は緊張の連続から緩む事を忘れ、過緊張が常態になり、ブレーキ、アクセルの遊びの部分がなくなり、何に対しても過剰反応を起こし始めます。人間関係でも仕事でも恋愛でも疑心暗鬼や自縄自縛など、先案じからのパニックで動けなくなる現象が起きます。そんな時は、誰かに起きている事を話して下さい。親でも兄弟でも友達でも誰か聞いてくれる人を探す事です。アナタがもし孤独なら市役所でも区役所でも福祉課の相談窓口で相談する事です。(時々道端で一人でしゃべっている人がいますが、これはやめて下さい。)一通りしゃべれば、おぼろげにでも何をすれば良いか優先順位が判ってきます。

体の緊張は、私の場合は高岡英夫先生の「ゆる体操」でほぐしています。運動にも、それぞれに相性があるので自分に合った運動を探してみて下さい。

緊張と弛緩のバランスは易で言う陰と陽のバランスですが、どちらかが極端になれば器が壊れ始め、陰陽のバランスが五分五分になれば動きは止まる。それゆえに、微妙なバランスの差を保つ事が活動の原動力になって行きます。たまには、さぼる事も大事な事なのです。(いつもさぼっている人は当たり前ですが、目標をもって必死に動く事が物事を動かす事に繋がります。)




政治、個人

政治は国民の映し鏡と前に書いた事がありますが、今の首相と元の幹事長の対立は典型的な同族会社の末期症状の姿です。

これを改善する為には、一番実力と信用がある人を中心に据え、全員が心を一つにして営業に当たれば、起死回生が叶う可能性がでてきます。生きられるか潰れるかは、それまでのダメージの大きさで決まります。

夫婦間でも旦那は仕事ばかりで家族の事を考えてくれない、コミュニケーションが無い。自分は無視されている。寂しい。そこから、相手にしてくれる相手をネットで探し、関係が深まると、亭主に別れ話を始める。ほとんどが、別れた後、ボーイフレンドともうまく行かなくなり、より深い孤独を彷徨う事になります。目先の解放、利益、楽しみ、権力しか見えない結果です。

近現代史でも列強のアジア進出の時に一番の好機として利用された状態は内輪もめの権力闘争そのものでした。自民党が同じ事をやり、民主党もまた同じことをやれば同じ運命なのではないでしょうか。日本の政治の信用度はゼロに限りなく近い。実際政党間の約束も守れない首相は国同士の約束を守れる訳が無いと近隣諸国の日本ウオッチャーには思われているのではないのでしょうか。私怨は捨てて、大同団結することを首相には考えて欲しいものです。(頑固だけは誰にも負けない人なので無理かもしれませんね。)

国運も個人の運もスケールが違うだけでまったく同じです。悪い事をすれば、悪い記憶は次の世代にまで受け継がれ、良い事をすれば他からの好意を得られます。

明治維新がアジアやアフリカ中東の独立にどれだけ影響したか、西洋列強と対等に戦う事が出来ると虐げられた民族にどれだけ勇気を与えたか、最近ではあまり言われない事ですが事実です。日本が中国でメチャクチャやるまでは中国もそれに習おうとしていました。それが近代史の上での日本の位置です。(そして、これが未だに韓国朝鮮、中国人を下に見る人達の視点です。)

自由、平等、平和が戦後のスローガンとしてありますが、自由は、なんでも自分の思い通りにしたい自由も自由だし、誰かに依存して生きて行きたいも自由です。だからこそ、誰からも支配されない為には、支配しようとする者と戦うことが不可欠です。

平等も平和も同じです。戦いに勝たなければ、自由も、平等も、平和もあり得ません。これが現実世界の一面です。どうでしょうか、男性に泣かされてばかりいる女性に自立して下さいと常に言っている意味が分かってもらえるでしょうか?自立こそ戦いであり、戦わなければ自由はありません。シングルマザーに恋愛はどうですかと問われても、先ず自立する事と答える理由です。戦わなければ、同じ事の繰り返しを永遠に続けることになります。戦う為には素直に自分の欠点を見つめ、利点を伸ばし人の協力を得ることしか無いのではないでしょうか?



ゆとり教育で育った子供達

1972年に日教組が提案し1980年から施行され、ゆとり教育の名のもと、、良いところも悪い所も個性だという、なんだか、よく解らない個性を伸ばす教育を、人生で一番大事な時期に受けて来た人達が社会に出、他人と生きる事を強いられ、自分の個性が受けられなくなり、色々な点で破綻しかけている人がとても多く見受けられます。特に20代から30代にかけての世代です。

その人達の特徴は、忍耐力が無く、自分の感情をストレートに、相手にぶつけ、その結果、ひとりぼっちになっている。それが自分の生き方だとある意味いさぎよく、ハッキリしているのですが、理性ではそうでも、感情は苦しい。

人の運勢は本人が自分自身を自覚し、改善する努力をしなければ、絶対に変わりません。逆に、本人が自分自身を自覚し、改善しようと努力を始めれば、その時点から、助けが現れたり、奇跡的な出会いがあったり、必ず変わり始めます。
短気を起こし、怒ることにより相手の意見を押しのけたり、自分に直面する事を避けているうちは、明日は昨日の延長線上です。

時々、鑑定期間を無視して、自己都合で無料鑑定を依頼する人がいるのですが、ほとんどが、ここに書いたような方達です。できれば、より良い人生を歩みたいと心から願い、自分は変わるんだ、変われるんだという希望を持っている方にこのホームページを読んでいただきたいと思います。そのためのヒントは山ほど書いているつもりです

今日の運勢はどうなんだ程度の占いは朝のテレビ番組で充分だと思うし、自分に都合のいい事だけを知りたい方は他の先生を当たって下さい。娯楽や慰安のための占いを求めている方は、ご自分でわりと修得しやすいタロットなどを身につければ、経済的にも趣味としても楽しいと思います。(もちろん本当のプロのレベルのタロットとは雲泥の差がある事は認識しておいて下さい)

高い鑑定料と時間を無駄にすることはお互いの為になりません。ご自分の人生です。できれば大事にして下さい。年齢を経ている方も、若い方も、(将来の)子供や家族に胸を張って最後には、お別れをいえるような人生を歩んで下さい。そのためのお手伝いは、いくらでも出来ると思います。



結婚に関する男の本音

前に男女の差を書きましたが、それでも、男女は変わらないと主張し、誤解している先生方がいるので結婚に関する男性の本音を、書くことにします。

男性側が結婚の相談に来る時、一番に言う事は、「この女性は自分にとってプラスになる人ですが?」
「あげまん」ですかと問います。特に、社会人になってから出会った女性に対してはこの問いを必ずと言っていいぐらい発します。学生時代から付き合い、結婚した女性に関しては、「お互いの運勢上の気をつける点を教えて下さい。」と鑑定士にとって理想的な質問をしてくれます。ある程度の年齢になって(30代後半から40代)では、この女性は子供を産めますか?と問います。これが仕事もあり、ある程度の地位もある男性の結婚に関する問いです。仕事も落ち着かず、金銭的にも不安定な男性は自分から結婚の相談にはほとんどきません。
女性側から、同棲している「彼」の話として相談に上がってくるだけです。そうゆう方の星を見せていただくと大抵が寄生型の運勢で、年上の稼ぎのある女性が大好きなマザコンで短気な男性です。潜在的に女性を寄生の対象に見ているので、隙あらば転がり込む気が満ちています。女性側も優しくて、寂しい人が多く、大抵、何らかの形で父親との関係に傷がある人です。

「あげまん」ですかと問う男性に、長く付き合っている彼女に、どうしてプロポーズしないのかを問うたことがあります。「多淫」で信用できないと彼は答えました。

結婚に関する男の頭の中は、基本的に女性とは違います。学生結婚は別にして(学生時代は恋愛に男女差はほとんどありません。)常に社会性があり、相手に対する信用と人から見られる自分があります。同じ職場での結婚は、元カレの噂が流れている女性とはお付き合いしても結婚はなかなか決めません。結婚を前提としてのお付き合いを求めるのならば、自分を真っ白な状態で見てくれる、違う環境、職場の人のほうが、同じ職場より遥かに結婚の確率は高くなります。
もう既に彼氏がいて、お互い、良い時期だと思ったら、多淫は避け、身体だけの関係ではない信頼関係で大丈夫と自分に対して厳しい所を見せ、将来を語り合って下さい。一番結婚が遠のくのは身体だけの関係がマンネリ化し、「君には、もうあきた」と言われてしまう事です。関係がフレッシュなうちに攻めなければ、なかなか結婚は無理です。



我に帰る時

終戦記念日を明日に控え、戦争に関していろいろなことが思い出されます。もちろん私自身は1960年生まれの戦争を知らない世代ですが、我々の親達は青春期を戦争まっただ中で生きた人達で、その頃の話や、体験を色々な場面で聞かされてきました。皆さんも身近な所では、福山雅治さんが長崎の原爆二世であったことなど、どこかで見聞きしている事だと思います。

24歳ころ、私の友人に父親が「中国帰還者連絡会」の会員の方がおりました。これは中国大陸から帰還した元日本軍軍人の連絡会で、自分たちが中国大陸で何をして来たかを証言し、反戦の一助の運動を生き証人として担おうとする人達の会でした。その証言には凄まじいものがありました。今は温厚で、好々爺のおじいちゃんが戦地で何をして来たか、脚色も無く事実だけを、静かに語る姿に、聞くもの皆が戦慄し、人の常識の限界を超えた事実に直面し、人から鬼に変わる瞬間の、人間の姿を語ってくれるのです。今も、図書館などにこの証言を収録したビデオがあると言う話を、だいぶ経った頃に聞いたので、ビデオで残っていると思います。

ネットでも、富永正三「田辺敏雄氏・藤岡信勝氏の挑戦に応える」等、帰還者連絡会の方の手記があります。

人は「何か」に追い込まれた時、常識を逸脱した行動がとれてしまいます。「何か」が他人からの強制であったり、自分自身のプライドであったり、欲望であったり、寂しさであったり、動機は様々ですが、行動し、人に知られれば、それは犯罪と呼ばれるような事かもしれませんが、そのときは、大真面目でその事に取り組みます。そして、そのままの異常な状態を維持し続けることにより、犯した罪を正当かし、犯した罪から目をそらし続けます。でも、時は残酷なのか慈悲深いのか解りませんが、生活が安定し始め、幸福感が生まれる始めると、異常事態が平常状態に変わり、必ず、本来の我に帰り始めます。本来の人は、弱く、人から愛されたい、大事にされたい。ただそれだけです。(一つ満たされたとき、新しい野心が生まれ、膨張し、様々な形に変化するだけです。人から愛されたいが、自分が好きな人から愛されたいに変わって行く。そんなもんです)どんなに野心家であろうが、この部分が核になっています。

本来の我に帰ったとき、人が人である為には、日々、自分自身を見つめる事、人や家族から後ろ指を指されないような生き方をする事が大切です。



無料鑑定のアフターケアー

毎月の無料鑑定を受けられる方の数が多く、アフターケアーをする為に普通メール鑑定の料金を下げる事に致しました。

8月12日本日より、普通メール鑑定が5千円から2千円になります。

よりご利用になりやすくなると思います。状況に変化が起きたとき、決断に迷った時はご利用下さい。



8月6日 男と女

世の中は男と女で出来ているのですが、男と女は違う生き物です。どこが違うかと言うと、人生における価値感の比重が違います。女性は主に「生活」に比重をおき、男性は「仕事」に比重を置きます。これは何百年もかけて役割分担をした結果で、どんなに第一線で活躍している女性でも心の底にはこれがあります。

「生活」に比重を置く事とはどういう事かと言うと、主に肉体的、精神的な繋がりを大事にし、両方の意味で触れ合うことに喜びを感じます。

「仕事」に比重を置くとは、他人から見た自分がとても気になり、女性からは理解し難いメンツ(体面、面目)をたてる事が、とても大事なことで、時には命を賭けることも厭いません。こういう人が一般に「侍」と呼ばれる人達です。

もし、貴女が女性で、お互い忙しい時に彼氏とデートしたとき、忙しい中、時間を作って一生懸命会ってしゃべっているのに、相手の気持ちがここには無いと悲しい思いをした事がありませんか? 同様に男性は、そんなドウデモいいこと、いつまでしゃべり続けるんだと思った事はありませんか?無い人はいないと思います。

これがボタンの掛け違いの始まりになります。自分の彼氏、彼女だけかと思っていたけど、実は世界規模、全国区で同じ事が起きているんだと思えれば、なにか面白くなりませんか?他の人を探してもこの基本の性質は変わりません。

相手を知る事、自分を知る事と今まで何度も書いてきましたが、ここがスタートです。先に書いた事を、よく噛み締めて下さい。皆必ず、自覚せずに、自然にやっています。自然ゆえに、自覚しない限り反省心は起きません。これが同じ事を繰り返す原因になります。

お互いの本性を尊重する事が解決方法になるのですが、先ずは自分自身を自覚することから始めて下さい。反省心が生じ始めれば新しい視界が開けてきます。




8月3日 運勢の構成要素

運勢は何に依って構成されているのでしょうか?

一つは心がけ、その人の嗜好。もう一つはその人の行動。どう考え行動したか、行動しなかったか。もう一つはその人の環境、生まれ育った生活環境、家、家族構成です。

どうでしょうか、この運勢の構成要素を客観的に見ると、一つとして固定されているものがないのではないでしょうか。どうにもならないと思われる家庭環境にしても、時がくれば、諦めさえしなければ、変える事が出来ます。(諦める事によって耐えて来た人も多々いるのは承知しています。)

少し例をあげると、結婚したいのですが、結婚できるのはいつですか?と問う人がいたとします。

運勢をみると、男性との出会いが多い時期なのですが、本人の中心の星が結婚よりも恋愛を楽しむことに喜びを感じる星の場合、実際に起きている事は、

恋愛はいつでもしているのだが、恋愛の延長線が結婚と結びつかない人ばかりと出会い、気がついたら、いいかげん適齢期が来てしまっている。どうしよう。これが実際です。

この場合、先ず、本人が結婚すると覚悟し、恋愛ではなく、結婚するんだと覚悟を決めれば、現れて来る男性の種類が変わってきます。易経に「ものは類を以て集まる」とあり、最近では引き寄せの法則と呼ばれる宇宙の法則です。覚悟に依って心を変えて行きます。心がかわれば自然に行動も変わるはずなのですが、残念ながら、こころも行動も習慣化しているので、なかなか変わりません。この点はダイエットと良く似ています。覚悟し諦めず何度も自分に言い聞かせる事により少しずつ心の底にしみこませて行く。ここでポイントは「家事」をする事により行動と心の相乗効果が生みだされ、無理なく飛躍的に改善は進みます。

具体的には掃除、洗濯、料理、ある程度の早起きの習慣が大事な行動になります。

掃除をするときは、過去の嫌な事、自分の嫌な所を掃除洗濯しているんだ、と観想し、部屋の乱れは自分のこころの鏡だと思えば、自ずと無視しずらくなります。(散らかった部屋は、様々な変化を好み、思いも寄らない突然の出会いを待っている心の現れです。その結果は時々ゴキブリに噛まれる程度で、ゴミの中からは王子様は現れません。)自分自身を浄化すると考え、掃除をして下さい。

料理は、いつか出会う大切な人、家族に、自分の愛情を育て、分け与えるために料理を作ると観想すれば、たとえ一人で食べたとしても、それは愛情のこもった素敵な「ごちそう」になります。早起きは結婚後、自分の自由になる時間のマネージメントにも繋がります。これが具体的なプラス思考のやりかたです。

そして、環境ですが、心と行動が2つ揃ってくれば、すべてが良い出会いの場に変わり始め、遊びの世界とは縁が切れてきます。(ただし、遊びは、切ろうとしなければ切れません)思いがけない人からの世話等、周りが動き始めます。

運勢のプログラムに書かれたものと違う生き方をすることは、最初はとても違和感があります。そのかわり周囲は安定し、苦しんだ人間関係も自然に動いていてきます。

ところが、人とは面白い動物で、楽になった途端、こんなのは気持ち悪いと言って元の生き方に戻り、今まで通りの荒れた環境に帰って行く人も中にはいます。首根っこを捕まえて引きずり回す見えない存在が、そこにあるかのようです。(自分の意思で戻る訳ではないと思えればそれが次の救いのチャンスに繋がります。身に覚えのある人は、せめて、そう思う事で、次のチャンスは活かせるよう努力して下さい。)

ここからは生き方の多様性であり本人の自由意志です。けれども、運勢が変えられる事に違いはありません。良い選択と良い行動をして下さい。








浅田真央とキムヨナ

運動科学総合研究所の高岡英夫先生のホームページに浅田真央さんとキムヨナさんの記事を見つけました。ほぼ、運勢的には同じ星の下に生まれている二人です。(自分の感情をストレートに発散する点では、キムヨナのほうが楽な運です。)

ほぼ同じ運勢の人が(双子を含めて)どうして違う道を歩むのかの一つの答えがここにあると思います。

http://ningen-ryoku.biz/DS2_01.html


まったく違う事で恐縮ですが今日びっくりした事を書いておきます。

法治国家に歴史的な事が起きているようです。

選挙で落選し次の組閣までの間の「つなぎ」の法相が、議員時代は頑に拒否していた死刑の失効に判を押してしまいました。なぜ、数ヶ月待てなかったのか?なぜ数ヶ月前は判を押さなかったのか?ヤケを起こしてしまったのでしょうか?

彼女の星は子供のような所があり理想家、野心家で、良い意味でも悪い意味でも頑固、怖いもの知らずで信念の人で政治家に向いています。

欠点は、お人好しで誰かをかばうために進んで自己犠牲の精神を出してしまう所。もう一つは、何事も思い通りに行かなくなるとヤケを起こし自爆型の失敗をしでかす人です。弁護士時代は、手弁当で身を削り、依頼者に物凄く尽くしたはずです。この点を逆手に取っている人がいるのでしょうか?その誰かさんに大義名分を言われ、ほぼ考えも無く判を押してしまった。

彼女の星を良いほうに解釈すればこのような流れが想像されます。

悪いほうに解釈すれば、選挙で落ち、野党から突き上げられ、ヤケを起こして、君たちの望む事をしてやろうと、開き直り、やってしまった。自爆です。一生後悔をする事になる。

たぶん、この二つが複合して起きた事だと思います。人の心は単純ではなく、行動には、プラスの面を後押しするマイナス面、逆に、マイナス行動を起こしてしまうプラスの動機付け等複雑です。

何十年も波間をかいくぐってきたベテランの漁師が、ほぼ素人の新人船長の舵とりの荒さに冷静さを失った結果なのかもしれません。(クルーの中での世代交代も関係しているようです。)


追記 彼女がサインしたのは7月24日だそうです。民間人ではなく、大臣の時に執行したと夕方の報道にありました。これから判断すると、後者が主なる理由のようです。冷静に戻った時、自分を責め続ける事になりますね。残念です。







7月25日「告白」を読んで

話題になっている「告白」を読みました。とてもストレートな章立てとストーリーの展開なのですが、我々のような業界の者には、場面が違うだけで、とても日常的なストーリーとして読める、ある種のノンフィクション小説です。闇にうごめく人の心そのものです。

よく、出会いは必然と言う人達がいますが、実は、ただの無責任な自己都合でとった行動が縁となり必然を招いてしまうリアルさがハッキリ書かれています。また、時には相手に対する愛情が自分を損なう原因になってしまう。この点がリアルです。

もう一つ感心したのは、それは主人公が「時間」を味方につけた点です。復讐の種を播き、芽を出し、成長するのをじっと待つ。小説では1年足らずですが、実際は、もっともっと長い単位で起きているようです。それらしい話は聞いているのだが跡継ぎが生まれない家とか何代か前までは物凄く栄えていた家が今は見る影も無い等々婚姻と家族関係等に顕著に現れてくるようです。

これらの原因は「人の恨み」だと私には感じられます。善かれ悪しかれ人が行動すれば結果が出、勝者と敗者にわけられ、敗者は時々、相手を加害者自分を被害者にしてしまいます。
ここから学ばなければならないのは、人生は生き方がとても大事だと言う事なのではないでしょうか。
事業をしている訳ではないから自分には関係ないと言う人がいるでしょうが、結婚は大きな事業です。若気の至りと言う人もいますが、実際、恋愛で被害者になっている男女が山ほどいます。(大抵は被害者であり加害者である複合型なのですが、自分は被害者だと思っている人のほうが圧倒的に多いのが現実です。この点を自覚しなければ先が始まりません。)

ここから抜け出るためには、どうすれば良いかは何度も前に書いています。よろしければお読み下さい。



政治について

政治の話題を嫌う人が多いのですが、

実は、政治こそ、その時代の思考と嗜好を顕著に表すものなのです。

今の時期の政治を見ると

ほぼ、問題のある家庭や企業で起きている事と根っこは同じです。

世界は相似形でなっていると言うのが易の考え方で、これはある意味真理です。

それを踏まえて、「傷のあるもの、実力の無いものは去れ。」の傾向が生まれ始めています。

これには気をつけて下さい。人が人を食う時代にしてはいけません。

裏切られても自分自身の与えた愛情に誇りを持つ事。

自責の念を残すような生き方をしない事。

声を荒げず人には春風のごとく接し、謂れのない事には忍耐して下さい。

恥を知り、誇り高い生き方をすることです。男女は関係ありません。









励まし

人生は苦しいものです。自ら墓穴を掘っても、他人に落とされても、味わう味は結局は苦いものです。それに気付く時が早ければ早いほど修正は効きやすい。しかし、気付いても行動しなければ同じ事の繰り返しです。そんな事、誰でも解っているのですが、実は、完全な他力本願ゆえに、自分で行動する事が出来ない。システムのせい、親のせい、何かのせい、自分は、それほど悪くないと必ず言います。昔の人はこのような人に2つの励ましの方法を施してきました。一つは脅しつけ、殴り倒してでも真っ当な生き方をさせる方法。もう一つは、時間をかけて本人が自分の生き方を自覚し、自分の足で歩みだすまで待つ方法です。この方法は当然ですが、苦しみの苦い水を、本人が飲み続けるのを飽きるまで、忍耐強く待つ事になります。

何をどうすれば、どう努力すれば良いのか?

それは、

「自分のやるべき事を苦しくてもやる事。やりたくても、やっては行けない事をやらない事。」

ここから全てが始まります。こんな単純な事が実は、普通の苦しみの根本にあります。もし、自分が今苦しんでいるとしたら、この公式に自分の過去を当てはめて、子供の頃からの自分を見つめて下さい。

自分は人に信頼されているか?家族を裏切っていないか?仕事をなめていないか?他人を見下していないか?やるべき責任を果たしているか?夫を裏切っていないか?妻を裏切っていないか?

これは善でも悪でもありません。ただ、苦しみが生じる種になるだけです。種を播けば苦しみの芽が生じ花が咲きます。それだけです。その場その場で一生懸命生きればそれなりの人生です。

だからこそ、人は冷静に、その人の運勢を知り、己に課せられた課題を自覚する事が必要だと私は思います。自分自身を知る事こそが最も尊い自分への励ましなのではないでしょうか。






7月15日

運勢についての誤解があるのであらためて言うのですが、我々が生活している社会には階層があります。これは誰も否定できない事実だと思います。その階層は、個人の努力により所属が決まります。(例えば、エンペラーには成れなくてもエンペラーンの母にはなれます。)しかし、個々人は、どの階層に所属しようが運勢の支配下に置かれます。例えるならば、同じ演目を河原の舞台で演じるか、超近代的な世界的な大劇場で演じるかの違いだけです。間違っては行けない事ですが、その選択をするのは個人の努力と志の何ものでもありません。努力は報われます。決して自分の不運を運勢のせいにしてはいけません。それは人の尊厳を否定する事に繋がります。




7月13日

恨みを解放するには「何か新しい事を始める事です」と前に書きましたが、過去の一点にクサビを打ち、止まっているが故の苦しみです。これは人の本来の姿と異なり、物凄いエネルギーが消費され、長くは持たないのですが、前回の例のように、ある時期、星の配偶と何かのキッカケで顕在化してくる事があります。それゆえ、この事は誰にでも起きている事で、傷の大小の違いで特別な事ではありません。その上で、何かに興味を持って前に進む事を始めて下さい。最初は何を見ても過去の感情が立ち上がってきますが、真剣に新しい作業を始めれば少しづつ、その力は弱まって行きます。







7月12日

恨むと言う字を私的に解釈してみると、りっしんべんは心、艮は易で言う「艮」です。これは止まるの意味があり、山であり、堅く大きな岩を象徴します。方位で言うと丑寅、西北です。また、艮は止まる事 止まるべき時は止まり、行くべき時は行き動静ともにその時期を失わなければとおる。山が重なり合った姿 無理に動こうとすれば壊れる。他人を止める意ではなく、自分の意思で動かないこと不動の状態とあります。

このような状態が恨みの状態です。

ここから色々なストーリーが誕生します。

家庭にも子供にも恵まれ、子供も育って独立し、なんとなく寂しさを感じ始めた頃、大運である星がまわってきました。ちょうどその頃、時を同じくして、そのかたは自分の子供の頃を思い出しました。それは父親に愛されなかった、母親から無視され姉達と差別された、自分は家族の中でピエロのような存在だった。子供が生まれた時も、姉の家のようには祝ってもらえなかった。悔しいー、なぜあの時、自分は認められなかったんだ。と恨みがこみ上がり始め、今度はご主人に、自分はなんて不幸なんだ、苦しい。と始まり、出口の無い苦しみの部屋に閉じこもってしまいました。子供も、ご主人も心配し、わりと平和だった家庭がある日を境に修羅場に変わってしまいました。具体的な事象は書きませんが、結局、奥さんの怨恨に耐えられなくなった夫は離婚を決意しました。

一つの極端な例ですが実例です。そして、似たり寄ったりの事象が山ほど起きています。対象が、家族、恋人、パートナーと変わるだけで、根は同じです。過去のある一点から先に進めなくなり、そこに止まり、渦を巻き続ける内に腐り始め、周りにいる人にまで毒を浴びせるようになる。

その後の現象もほぼ同じで、自分が汗水努力し築いて来たものを自ら破壊するまで止みません。そして、今度は自らが破壊して、バラバラにしたものに気付き初めた時、始めて過去の恨みは消えています。正確には今の苦しみの影に隠れたと言う事べきかもしれません。








7月9日

恨みの念が生じる原因は何?

一番多いのは相手から「侮辱」されることです。それも本人だけではなく、本人の係累に対するものが多い。侮辱は辞書を引くと、相手を見下し、言葉や動作で恥ずかしい思いをさせる事とあります。けれども、これだけでは恨みまではいきません。「相手が強くて、やり返せない、」「仕返ししたくても自分では出来ない」これが原因です。また、理不尽なもので、その場では納得していたが、後から思い返すと、どうしても納得いかない。と過去の一点の侮辱が繰り返し記憶に登る事により始まる場合もあります。
「恥」の思いはそれぞれが育った環境により違いますが、共通して言える事は、理屈に合わないこと、約束を破られた事、信用を裏切られた事、愛情を裏切られたこと、自分の出自を侮辱された事、親子の場合も同じで、こんなに自分は愛しているのに、親は貴方達しかいないのに、冷たくされたり、理由なく殴られたり。そんな所から始まり、兄弟も兄は自分よりも可愛がられた、弟は自分より可愛がられた、こんな所から始まります。他人から見れば大した事ではなくても、当人達にとっては理不尽な事です。お互いの人間関係が深くなればなるほど、一度傷がつくと治りが遅く、取り返しがつきにくくなるものです。嫉妬も一方的な愛も根は同じです。理屈では割り切れず、怨念に変化しやすい。ここまで来ると出口が見えなくなります。




7月7日

恨みの気持ち

恨みに関しては女性の場合、親に対する恨み、裏切った主人に対するもの、裏切らせた相手に対するものがとても多い。自分をいじめたものに対する恨みもあります。同性も異性も同じように恨みます。

男性の場合、根が深い順で行くと同性の兄弟、父親、上司、同僚、部下、など自分の仕事関係に関わる恨み、次ぎに、大義名分のあるもの、そのつぎに異性が来ます。ただ異性の場合は恨みと言うより、異性を通して自分自身の情けなさをなげいている場合が多い。

起きている事は、出口の無い同じ部屋の中を歩き続け、出口の扉のノブが見えているにも関わらず、それを開こうとはしないことです。恨みを、相手を見返すためのエネルギーとして転換できる人はいいのですが、圧倒的に恨みに沈む人が多い。どうすれば良いのか?

騙されたと思って、何か新しい事を始めて下さい。あたらしく始めた事が身に付き始めると恨みが思い出に変わり始めます。こんな単純なことで恨みの心は沈静化します。

やっては行けない事は、恨みを晴らす算段をし続ける事です。自身の出した恨みの念で自分を縛る事になります。それで相手への恨みが晴らせても、自分の人生はマイナスの極のままで、取り返しはつきません。

めちゃくちゃにされた人生を取り返すために、相手に責任を迫ることは必要です。それは基本的人権として憲法で保証されていることで、不倫の相手に損害賠償を起こしたり、パワハラで訴えたり公に戦う事をして下さい。自分に非が無ければ勝てます。

ただ、肉親に対しては、自身の修行だと思うしかありません。解決しようと、もがけばもがく程深みにはまります。嫌われたのはしょうがない。諦め、さわらぬ神に祟り無しをするしかありません。親を無くした分自分の新しい家族に、優しくしてあげて下さい。いつまでも親の事を理由に家族や自分に不義理をするのは間違っています。

親に愛されない事はその後の人生に様々な影響を与える事も事実です。しかし成人してもその事を理由にするのは筋が違います。自分の人生を歩んで下さい。


7月6日 出口が見えない心について

出口が見えてこない心について。

この代表的な心の姿に人への恨みと、対極的に見えますが愛執があります。

しばらくはこの事について考えてみたいと思います。


6月30日

世の中が変わりかけていますね。新しい時代が始まるようです。
極東と呼ばれる地に在って、戦後経済で一時は世界をリードして来た小国が、その地位を中華の大国に移譲し始め、その国が置かれた本来の姿が現れてきました。望むべき姿は自立と和合なのですが、現実は孤立と混沌です。楽な生き方を助長する教育と、社会が個人に干渉しなくなった結果です。その結果、弱肉強食の社会が生まれてきました。より強いものが、より弱いものをいじめ、その連環の最下層にいる抵抗できない子供や赤ん坊が犠牲になっています。その子達が大きくなると手負いの獣のように同じ事を繰り返す。自分だけのルールで生き、自分しか信じない。

このような、ある意味とても合理的な生き方が地方や都市部に関係なく、いたるところで見られます。
どこかでこの連環を止めなければどうにもなりません。そのためには、やはり、個々が自立する事しかないのではないでしょうか。
親が子を殴るのは親がイラツイテいるからで、その原因は、仕事がない、夫婦間がうまく行っていない、子供を受け入れる余裕がない。この生活苦と男女間のもつれが最大の原因です。それゆえ男女を問わず、他人に依存しないでも生きて行ける生活力と特別な異性がいなくても心を安定させられる人間関係を積極的に作って行く事が大事です。これは趣味の場でも何でも良い。週に1時間でも自分の居場所があれば、心は安定してきます。「来週の何曜日は教室だ。」これだけでも未来から自分を引っ張ってもらえる。
何もない予定表では希望も何も湧いてきません。未来から引っ張ってもらえる何かを見つけて下さい。ウクレレ教室でも、ハワイアンダンスでもダイエット体操でも何でもかまいません。未来から呼んでもらえる事を始めて下さい。
そして、言葉は交わさなくても人と一緒にいる訓練を始めて下さい。自分の苦しみで目一杯になるのではなく、相手の苦しみを感じる事が出来れば、孤独なのは自分一人ではない事が解ってきます。それが解れば自然に他人に対する態度が変わってきます。ここから和合が始まります。そうすれば心に暖かく豊かに生きる種が播かれます。後は時間をかけて種を育て、大事に花を咲かせる。それが出来れば過去の傷は全て思い出に変わって行きます。挑戦してみて下さい。


6月28日

本当に余計なことなのですが、占い好き、特に運勢鑑定を勉強している方へのアドバイスがあります。
それは、自分が楽をするために運勢や占いを研究しているうちは、結局、占いに踊らされ、今までかけた時間と労力をドブに捨てる事になります。

占いや、運勢鑑定を学ぶ事にあたって大事な事は、学んでいるものが本物の鑑定法なら運勢の吉凶に対する明確な改善法があり、元命式に合った備えと改善策による、転禍招福する努力の方法が必ず備わっています。逆にそれが備わっていないものはこの世に置ける価値がない、ただ、人を不安にするだけの術だと言う事になります。

星を見る側も、お見合いでも恋人でも出会った人の鑑定を受け、相性や相手の運勢的な凸凹が解った時、運が悪いからダメ、別れろ。ではなく、先ず、自分はどうすれば、相手の足りない部分を補い、どう、努力すれば末永く一緒にいられるかを真剣に考える事、ここから始めなければ鑑定など意味がない、ただの愚痴聞き屋さんです。同じ経験に苦しんで来た、人生の先輩達のほうが、よっぽどましで素敵な事を言ってくれるし、癒しになります。ただし、それは諦観から来るものです。(諦めるのは必要なときと、諦めては行けないときがあります。ここの区別は素人には無理です。)

その上で、お互いの心の傾向を認識させ、どれだけお互いが相手に歩み寄れるか、許容し合えるかを時間をかけて確かめ合う時間を持たせること。その上で、自分達で決めれば良い話です。

自利の発想は利他の発想の裾野にも及びません。見える視界に雲泥の差が生まれてきます。正しい占いを、上手に利用して下さい。



6月23日



物事にはそれぞれに動く速度があり、自分の速度を基準にすれば、当然食い違いが生じます。他人には他人の、子供には子供の、自分には自分の速度があります。自分以外の人と上手に生きるには、自分の速度を押し付けない事、相手のそれを受け入れてあげる事です。これは、人と共に生きる事について見落とされがちな点です。人間関係がうまく行っていない人は少し考えてみて下さい。



一度壊れたものは、完全に同じ姿に戻す事はできません。一切は無常であり、良い事も悪い事も、その種を播き、一生懸命育てれば、必ず芽が出ます。ただ、人間は良い事と悪い事の区別をつけるのが苦手なだけで、苦い実がなったとき始めて播いた種の善悪が解るものです。それゆえ、今、不幸なら、どこでその種を播き、なにげに育てたかを考える所から改善方法が見えてきます。



6月7日 自分の居場所

5年程前家の裏に大きなマンションができました。

そのマンションの駐輪場が薄い壁を隔てて我が家のま裏にあり、

毎日住人達の悲喜こもごもが、聞くとはなしに聞こえてきます。

新居を購入し、生活を落ち着け、子供を育て始めたビギナーの

お母さんや、お父さんと、両親共稼ぎを手伝うおばあちゃん達の声は

駐輪場で、わりと遠慮がちなのですが、子供達は、元気いっぱいで、

泣いたり、喜んだりしています。

最近気付いたのですが、保育園から帰ってきたときの子供達の声の明るさの中に、

自分の居場所に戻って来た何とも言えない安心感と開放感があるのです。

また、母親に連れられた子は、パパは?とほとんどの子が母親に聞きます。

言葉を覚えて、やっと流暢にしゃべり始めたくらいの年代の子だと思うのですが、

自分にとっての世界の全てを確認する作業を毎日繰り返しています。

きっと良いお父さんなのでしょう。



記憶の片隅に追いやられていますが、我々の誰もが通り過ぎた時代です。

人生の基盤が作られる時期に自分の居場所は安全だったか?

世界は満たされ、幸福に溢れていたか?

色々考えさせられます。

自分の安全な居場所を持っている人は幸せですね。

その場所は

性差だと思うのですが、女性の多くは恋愛と家庭にそれを求め

男性は職業にそれを見いだそうとします。

家庭問題の多くが、この価値観の「差」によって起きてきます。

少し考えてみるのもおもしろいのではないでしょうか?



2010年5月30日 運が良いとき悪いとき2

誰にでも苦労する時期があります

太陽が誰に対しても陽(ひ)を射(さ)すのと一緒ですね。

世の中は平等にできています

このとき、苦労を薬に変えることができる人と

苦労を毒に変えてしまう人がいます

苦労の原因が何であるか?それを解決するためには何をすればいいのか

自分に原因がある場合は、自分自身の心のクセを学び、同じ過ちを

繰り返さないよう努力し、自分自身の幸せの意味を考え、

忍耐と自分自身を学びます。これが薬ですね。

逆の場合は、自分は悪くない、相手が悪い、学校が悪い

運が悪いと、自分が与えられている理性を腐らせ、自分と向き合う事を

否定します。理性は運勢から解放されるための大きな武器なのですが

それが腐れば、運勢のままです。結局、自分の小さな欲の上でしか生きられず

たとえ家族がいたとしても、自分だけが愛される事ばかりを願い

他人に愛情も感じられず、人に感謝する事もできず

恋愛にもこの傾向が出やすく

孤独だけが、いつも寄り添ってくれる親友になってしまいます。

これは、社会的な地位や名誉には関係のないもので、お金にも関係ありません

運が良いとき手にしたもので、人並み以上の生活をしていたとしても

結局は精神的な枯渇状態で苦しむ事になります。

人生はリアルなものです。

学ぶチャンスは誰にでも平等で、もちろん結果もまた平等です。








運が良いとき悪いとき?

簡単な、運が良いとき悪い時の判断方法があります

それは、「積極的」の基準を客観的に判断することなのですが

一人で判断するには少し難しいかもしれません。

なぜかと言うと元々、強すぎる運勢の人は

イケイケから足下が崩れ、また、

消極的な人はチャンスをみすみす自分から捨てる事をするからです。

それを回避するために大事なことは、

チャンスが回ってきた時、信頼できる人に

相談することができるかどうかがポイントになります。

運が強すぎる人の場合、自分の事を客観的に見てくれる

昔からの知り合いや、心からその人を愛してくれる人が

「NO」を言ってくれているのに、進めたとしたら

最悪の運が巡ってきていると判断して下さい。

運勢の通りに自分が操られているんだと自覚することが必要です。

逆に、消極的は人は、信頼のできる人が良いチャンスだよと言ってくれている時

こんなうまい話はあるわけがないと、みずからチャンスを捨てている場合は

ダメダメな運勢のど真ん中にいると思って下さい。

このことは過去を振り返れば、誰にでも思い当たることがあると思います。

私にも経験があります。だからこそ、客観的に、親身に自分の事を見てくれる、

大事な人をつくることが必要であり、それに耳を傾ける素直さが

その人の運勢の分水嶺になります。

どこまでいっても人生は自分自身でしか開けません。

残酷な事かもしれませんが、

棚からぼた餅は決して落ちて来ません。










若い人へ

20前後の方からの相談が時々あります。

友達との人間関係、好きな人の気持ちが知りたい

復縁するにはどうすればいいのか

そんな相談がおおいですね。

10代後半から20代の前半はその人の

長い人生をスタートさせるためのとても大事な時です

目の前の恋しか見えていない人がほとんどで、

自分の「人生」を長い目で見ようとする人は

あまりいません。

恋愛は何度も書いたように自分を成長させる大事な過程です

人を好きになったら、同時に自分の人生設計を少し考え始めて下さい

めんどくさいでは恋愛も成就しませんね

そして、もし恋占いの先生の所に行くのならば

ついでに自分の人生について尋ねて下さい

ついででかまいません。誠意のある先生なら

しっかりと答えてくれるはずです。

まず、自分の生きる基盤と自分の居場所を見つけて下さい

でも、もしバイトや異性が「それだ」としたら、これは、宝物を埋めた目印を、

「森の中のカラスがとまっていた木」と決めるようなものです

無常で、移り変わり、相手次第です。

若い人の一番の味方は時間を味方にしていることだ

と師匠はよく言っています。私もそう思います。

運勢は努力すれば、その人の運勢の幅を超えることも可能です

目標が決まらない、何をしていいか判らない、それならそれで

自分が好きで多少厳しく鍛えられても、それでも続けられる何かを

探して下さい。それは、自分しか知らないものです。

難しい世の中です。きれいごとでは生きられないのも事実です

けれども時間を味方につけ、その道のエキスパートになることを

目指せれば、自分の世界が開けます。時間を無駄にしないことです

40代の自分、50代の自分、60代の自分を想像して下さい。

10代、20代、30代のそれぞれの涙や、努力があっての

次の時代です。目の前の喜びは、風のように消えて行きますが

老いは常に、我々の後ろで背中を押してくれています。

老い=時間です。

この時の流れが人生ですね。肉体の行き先は皆同じですが(死)

肉体を離れた、魂と呼ばれるものの行き先は、なんとなく

違うようだと言うのが運勢鑑定からの結論です。

色々な事をキッカケにして、自分を磨いて下さい。

時間をかけて磨いたものは輝きが違う。

頑張って下さい。

そして、もしアナタが、彼等よりも先輩の年代ならば

真剣に彼等の話を聞いてあげて下さい。

自分に余裕がない時程、良いヒントが生まれてきます

人生の鮮度が違う人達との交流もまた自分を成長させる要因です

たいてい、自分の過去とリンクしているものです。

成長する事を諦めないで下さい。

















無料鑑定



無料鑑定を依頼なされた皆さん。

心が整理できたでしょうか?

何か希望が見えたでしょうか?

そうだと良いのですが.......。

鑑定の中で相手がいる場合、「相手のことは

間違いなく、その通りの人だ、

けれども自分のことはすこし違うと思う。」

たぶん中には、こうゆう方もいらっしゃると思います。

実は、これが、他人のことは客観的に見えるけれど

自分の目にはスリットをかけ、自分に都合の悪いことは見えなくしてしまう。

ファイアーウオール並みのアンチ客観性、アンチ常識的です

これが「運勢の罠」です。この見えないものが大きく育ってくると、

トラブルが具現化する。これが人生の落とし穴ですね。

また、これとは別に、自分は善意のつもりでも、

実は自分を優位に置くための善意であったり、素敵な人に恋をしているつもりでも

現実と向き合う恐怖から逃れるための恋であったり、

結局この根本的な課題を解決しなければ、同じ事を繰り返すことになります。

なぜ、自分はあんな行動をとってしまったのか、あんな事を言ってしまったのか

なぜ、素直に行動できなかったのか。

これは人生を後悔する時の決まり文句ですが

その正体がここにあります。

「その時は自分が見えていなかった。

今の自分と違う自分がそこにいた。」

後から、だれでも気付くことですが、

今度は、この気づきが、自分を苦しめる原因になり始めます。

実に巧妙に苦しみの罠は人の心に張り巡らされていて、

永遠に閉じることの無い輪のようなものです

この事実を認識することからしか罠を逃れる道は開きません。

頭で判ることと身に沁みることは別です

身に沁みるまで何度でも繰り返す。

今の世に生まれ変わって繰り返しているのかもしれません。






嫌なことばかり書きますね。

不愉快な思いにしていたら、ごめんなさい。でも、ご自身の人生を見つめ直す

キッカケになったとしたら本望です。





一度きりの無料鑑定です。大事にご利用していただければ幸いです。




里山の話

自然との共生を考えるとき良く里山の話が出されます。一般には里山と言うと田んぼが側の美しい山や森のイメージで自然そのものと思っている方が多いかもしれません。しかし実際は、人が年間を通して管理しなければ、そこに育つ植物さえも一気にバランスを失い死の山になる可能性があることも指摘されています。一度荒れてしまうと元の姿に戻すには何十年と言う歳月がかかるそうです。

人の手が加えられていない時の自然の姿は、人が介入していないと言う意味で、バランスがとれていましたが、人がそのシステムの中に参加し、自然界に対し強大な影響力を持ったとき、人が、自然と共存するためのバランスコントロールをする必要性が生まれて来ます。環境問題にしても、資源問題にしても言える事ですね。


2009

短気は損気と言われた事のある人へ

自分の中のトゲトゲした性格を直したいと言う人には、

家具や装身具などを円みのあるものに替え、暖色系のパステルカラーを多用し、

烈しいコントラストや、原色は避けるようにアドバイスすることがあります。

特に、その人の本性は人から見られていない所によく出ているので(下着、寝室)、

先ず、そこから改善して下さい。

また、冬月の黒系統の色は、余計なことを沢山考えてしまいやすくなる色なので

避けたほうが良いと思います。

このような、いわゆるインテリア風水でも、効果はあります。試して下さい。








人生をデザインすること

誰にでも、「人生をもう一度やり直せたら」と思う時があると思います。

そんなとき、いつ頃からやり直せたら、自分は違う人生を送れたのだろうか?

と自問すると、大きな選択の場がいくつかあります

最初は親、次は恋愛、次は進学、次は就職、次は結婚

どれも、自分対他人と言う構図があり、個人対社会とも言え、すべて

相手から見た(評価される)自分自身に直面しなければならない場面です

自分の価値が他人から評価され、価値がない者のように扱われたり、

時にはたった一人ぼっちだと孤独に苛まれたり、

ぶつかる相手次第でどんな風にも変わってしまいます

特に女性にとっては結婚が、男性にとっては仕事が顕著です。

(クラス会などにいくと若いうちは、ほとんど、男子は就職と仕事の話が主で、

女子は結婚と恋人がいる、いないの話題です。

年をとれば、男女ともほとんど昔の思い出と健康の話なのですが.......。)

このように、子供のころから人は、社会と対峙し、その中で生きていかなければなりません。

そして、運が良い人の生き方を見ていると、それぞれの転換期に大抵アタリくじを引いています。

しかし、それは偶然アタリを引いているのではなく、その人の培ってきた実力が引かせているようです

その人の器に遇った大きさの生きる目的(夢)を小さいときから持ち

それを実現するために努力をし続け、端から見れば面白くはないが、堅実な生き方をし、

多少の台風がきても、堅実さゆえに、たいした被害も受けずに過ごし、

子供の育て方さえ間違えなければ、奇麗に老いて行きます。

そうでない人は実現するための努力をともなわない夢の中で夢を見たり、

その場限りの人生や、孤独な人生を選択しやすい。このような人が人生の選択の場で選ぶものは

家の徳に守られていない限り、その場はとても華やかで、素敵で魅力的ですが、

時間とともにメッキが剥げてしまうものを選んでしまいやすい。残念なことです。

年頭から言っているように、昨年と今年は多くの人にとって

自分の人生を試されている年だと思います。

いま自分がどの方向に向かって生きているのか

もう一度自分の人生のデザインをする時期なのかもしれません

修正するのに遅すぎると言うことはありません。


雷水解 

易卦に雷水解という卦があります

これは長い苦しみから解放されるという卦なのですが

解放されたとたん、何をしていいかわからなくなり、出鱈目を始めたり

いじめられた相手に復讐し始める人が、ときどきいます

その方達は結局、その思いにガンジガラメに自分をしてしまい

せっかく運勢の苦しみから解放されても再び苦しみの牢獄に、みずからを収監させてしまいます

これは苦しいことです。直しが利かない。

長い時間「凶運」に入っていた人が「強運」に変わったときに起きる現象です

(強運というのは自分の意志が通る運であり、良いことも悪いことも

自分で決められる運勢のことです)

雷水「解」という卦にあたってみると

冬の寒気にさらされ凍てついた季節が春の時を得て

春雷とともに、暖かい春の雨により堅かった蕾みはゆるみ、

冬の堅い大地に根ざした百花草木がいっせいに芽を出す

そうゆう自然の姿に例え、生み出された卦です

そしてこれは、時が来た時、みずから動いて険難から逃れる意味でもあります

つまり、冬の時代に確り滋養を蓄え内側を充実させたものは

時がくれば必ず芽吹くという意味です

人も同じです。もし、今、暗く寒い冬の時代に自分がいるとしたら

自分を充実させることを考えて下さい

本当に充実し始めれば自然に春雷が鳴動し始めます。

それが自分の居場所がハッキリわかる合図になります

腐らないこと、強運に騙されないことです

いじめた人に対する恨みや、苦しい時期に叶わなかった後悔は、

残念かもしれませんが捨ててしまわなければ、新しい人生の重石にしかなりません

自分を充実させるためには先ず「負の感情」を捨てることから初めて下さい

そして、過去の自分を全てあるがままに認めてあげることです。

(負の感情を持つ自分自身を認めることです。認めることがこれを捨てることの第一歩です)

自分を認めてあげて初めて、これからの自分と向き合うことが出来るようになります

これも大事なことです。過去に引きずられる自分を卒業することです

そのための一番の近道は、今を充実させること、何かに向き合うことです。










婚活中の方へ

結婚活動が盛んですが、注意点があります

女性の場合、決して家族の悪口は言わない事 甘えない事

男性の場合、仕事の愚痴は言わない事 相手の過去を根掘り葉掘り聞かないこと

これは男女ともに依存型の人に多く見られる事で、

正直に自分の全部を見て欲しいと最初から本人にとっての最大の課題を

相手に投げかけてしまうことをしてしまいます。

結婚する人には知っておいてもらいたいということなのですが

ダメです。

なぜかと言うと、恋愛関係ならば愛情のオブラードで相手が錯覚してくれますが

お見合いは恋愛と違い、冷静に相手の品定めをしているからです

お見合いの場は就職説明会です。自分を出すのはもっと後からにして下さい

真面目なちゃんとした人と出会えれば、後からでもちゃんと恋愛は出来ます。








依存症について

恋愛依存症、SEX依存症、買い物依存症、占い依存症等々依存症の種類は数えきれないくらいあります。

しかしその裏にあるものは一つで、言葉にすれば「不安感」だと思います

自分の居場所がない、自分には生きる価値があるんだろうか、孤独が満たされない

どんなに求めても癒される事がなく、何を求めればいいのかも解らない

そうゆうとき、自分を癒してくれる家族や友達、趣味があれば問題ないのですが、

何もないと身に備わった快楽でこの喪失感を埋めようとします

快楽は様々で、自慰行為、破壊行為(うさばらし)、スリル感、支配欲、sex、等々ありますが

イライラしたとき、タバコを吸う事と基本的には変わりません

こころの不安を一瞬でも忘れる事が出来れば

今度は積極的に「楽」になろうとするのが生き物の常で、

その行為に親しむ時間が長ければ長いほど習慣化し、

条件反射が始まります。ある状況になるとホルモンバランスが変化し

自然に、身体が「したい、ほしい、」と反応し、心が後から理由づけをしていきます。

だから、依存症が悪いというのではなく、

自分が依存しているもののテイサイが悪いというのが正直な所だと思います。

根本的な解決は不安からの解放ですが、それには自分を見つめる事が必要です。

何かに依存する事で魂が保たれているのだとしたら、それが許される限り依存し

同時に、自立のための努力をし、希望を持ち、仲間を作ることです。

大事な事は、自分は誰かに求められている人間だという自尊心に目覚める事で

自分はその人のために必要なのだと言える自分になる事です

一番人を苦しめるのも人間ですが一番喜びを分かち合えるのも人間です。

これが習慣化すれば、自然に依存症は消えていきます。










苦しい時期について

年頭にも書きましたが昨年と今年は多くの人にとってかなり厳しい年だったと思います。

人から出し抜かれたり、裏切られたり、 夢や活動に邪魔が入ったりと散々な苦労だったと思います。

ちょうどそれが、年末にかけの今の時期、緩開期に入り、

少しだけ過去を振り返る余裕が生まれ始めているという所です。

来年の4月から良くなりますが、今が一番大事な時期です。

長い苦労が続いた後、大抵の人は夢を諦め、ヤケを起こし、荒れるのですが、

それが起きてしまうと、これからの吉の運期をドブに捨てることになりかねません

もう少しです。耐えて下さい。





人が変わる時

自分を変えたい運勢を変えたいという人が沢山います

自分はこんな性格だから性格を変えるのは無理だ、でも幸せにはなりたいという人もいます

なんにしても、そのために一番大切な事は、「自分自身を恥じる事」から始まると思います

起きている事の責任を他人のせいにし、自分はこんなんだからと開き直っているうちはダメです

前に書いた自己中心型の人に多いのですが、自分の恥は他人のせいだと大抵言います。

昔は政治家から「慚愧の念に耐えない」という言葉がよく聞かれましたが

今は言う人もいません。国民の代表がこれですものね

本当に自分を恥じることができると自然に行動が変わってきます

キリスト教の告戒のメリットはこれなのだと私は思っています

神の前で己を恥じ、許しを請い過去の自分と決別し

信仰とともに新しい自分を生きる 

信仰が生きていた時代には有効だったと思います

信仰や尊敬するもの、良い意味での権威がなくなってしまった今の時代

「誰か」に頼って自分を見つめ直すことは無理です

小さな神様は沢山いますが、時間の浸食に耐えられる神人は皆無です

なれればなれるほどボロがでてきます。

それゆえ自分で自分を見つめることでしか自分を変える事はできません

恥ずかしいという感覚は涙も出ない感覚です

もう生きていたくないという感覚でもありません

もう絶対同じ事は繰り返すまいと自分に誓う強い意識です

人生を変えたいと思っている方は時々自分に問いかけてみて下さい

自分は人に恥じることをしていないか?

かく言う私も日々三省し眠れぬ夜を過ごす事があります。

言うは易く行うは難しですね。












易的な世界観

易経の面白い所は、これがこれだから必ずこうなる。ということがどこにもない事です。その意味では、あるいみ優柔不断です。しかし、良く読めば、全てに条件があり、条件をクリアーできれば、こうなる。できなければ、知らないよ。という突き放した、ちょっと冷たい所があります。でもその分、これをしなければならないとか強要する事はありません。これは人間の独立性と自由を尊重しているのだと私は思っています。その根拠は何かと考えると、やはり、易そのものの思想から来ているのだと思います。

太極があり、そこから陰陽に別れ天地が生じ万物が生じ生々流転しつづけ死とともに天(魂)と地(魄)に帰る。基本的な考えですが、まさにこれが、人間の存在の問いに対する答えだと思います。つまり人は生まれたときから、自分が造った天と地の間に生まれ、その下で人生を過ごしている。誰のせいでもなく、自分の人生は自分で責任を取らなければならないということです。別な見方をすると、我々は常に太極とともにあり、天地とともにあるということです。一人ではない。いまの自分の環境の主催者は自分自身ということでしょう。これが人の尊厳なのだと思います。

生々流転はこの瞬間に起きていますが、それに気づく事はほとんどありません。そして自覚がないゆえに悪い結果が出た時は苦しむ事になります。それ故、自分が向かっている方向を常に自覚していることが最も大事な事になると思います。小さな火種のうちはすぐ消せますが、大きくなってからでは、焼け落ちるのを待つしかありません。小さな火種を自覚する事。自分と自分が大事に思っている人達を守る事に繋がります。



これからの世の中について

船井.comにある「船井幸雄のいま知らせたいこと」の10月26日の欄に

ウエッブボットの記事がありました興味のある方はご覧下さい。

このサイトは時々、エッ?という事を思いながらも

船井先生のフアンの一人として愛読させていただいているのですが、

少し気になる事があったので、易をたててみる事にしました。

結果は水雷屯の不変 

水雷屯(ちゅん) 屯難(ちゅんなん)事の始めに当たり困難多く行き悩む 屯は万物生成の始まり

時を待って発達するとあります。資本主義経済とアメリカを話題の中心においた文章なので

これからの世界経済についての暗示だと思われます。

慌てれば流れに流され過去として消える事になります

この卦は易経の乾(天)、坤(地)の次に出て来る卦で、例えると、天地が交わって大地が生まれた時

万物が生まれ、満ちている姿を現したものです。いままであったルールが一度はずれ混沌とし

新しい秩序を生み出すために力を蓄え、進もうとする形です。生みの苦しみとでも言うのでしょうか。

日本だけでなく世界規模で、このような事が起きてくるようです。

ジックリと見ていきたいものです。

桜田寅門の五行易指南には「屯」の項に、衆人に優れたものは必ず後に吉あり。己(おのれ)一分のためにすること、我が意をもってする事は皆ならず。すべて人を助くるときは吉なり。とあります。

該当する業種にお勤めの方はお気をつけ下さい。気骨が試されるときです。




雨が降ると思い出す事

雨が降ると色々な事が思い出されてきますね。

水は心の記憶に繋がっているというのが推命学の考え方ですが

深い所で、懐かしさだったり、孤独だったり、

今ここにないものが呼び起こされてきます。

たまには、こんな気分に酔うのもいいかもしれません

傷であろうと、喜びであろうと大事な思い出です。

それがあって今の自分があるのですから。

過去の自分を受け入れる事が出来れば、

前を向くことが少しだけ楽にできるようになります

自分を大事にして下さい。






自信を持つ事

自分に自信がない 

これは大きな命題です。自分の今までの人生を考えてみるとき

色々と原因を模索してみても結局この事が原因になって起きていることがいかに多い事か

何かのせい、誰かのせいにしてみても冷静になった時結局ここに行き着く

そのためには自信を持てる何かを自分で身につける事しかありません

しかし、たとえ人に秀でたものを身に付けていても、でも自分はダメだと言いたいのが

自信のない方の特徴です。逆に言うならば、無い物ねだりです

この辺の自分自身の心の底を覗くことが必要なのかもしれませんね

底になにがあるか?  

心の底へのダイビング、結構スリリングなものです。一度試して下さい。







前回に引き続き

10月18日

色々な膿みが出てきましたね。まこれからも出てくるのでしょう。

楽天の野村監督の処遇を見ていると、人も物も「使い捨てにする」経済そのものですね

それより、新しい息吹が少しずつ出始めた事が、なんとも新鮮で素敵な事です。

体操でも何十年ぶりかの金メダル、銀メダルと確実に若い芽が

いたるところで輝き始めてきたようですね。楽しみです








台風の時の易占について

前回の易占から、現象として何が出るのかな?と思っていたら、

今晩(10月12日)テレ朝でJAL問題が取り上げられ、納得しました。

面白いですね。国交省と政治家と変な会社の体質と、手当の雑さが

白日のもとにサラサれかけています。

風水換

象意そのままの現象が起きかけているのですね

風の象意が航空業界だと今にしてみれば解るのですが、あの時点では解りませんでした

番組の中で「日本のフラッグシップ」という単語が繰り返されていましたが

国の名誉に関わる業界の膿みが出てくるのかもしれません

また社保庁にしても銀行にしても株式市場にしても、

システムとしてお金が集まって来る場所の腐れも出てきそうですね

来年の春までは目が離せません。






台風に思う

大きな台風が来ているので、占機かな?という軽い感じで易卦を出してみました

風水換

大川を渉によろし 渙は氷が解け割れる、渙散、散らすの意 風が水上にあって水を吹き散らす形 険難(坎)を風(巽)が吹き散らす姿 坎を冬、巽を春と見れば、寒氷を春風が割り春を呼ぶと言う卦です。過去の汚濁に染まる人は吹き飛ばされ、新しく芽を開こうとする人には勢いが付くと言う所だろうか。災害は困るが、卦の通りに暗き物が刷新され春のごとき明るい兆しが世の中に起きてくれば良いのだが。これは私の希望が映されたものなのか、易神が予言として与えられたものなのかは解らない。易神のものならば、一気に世の中の悪巧みが表に出て来るだろうし、希望の光も現れて来ると思われる。私の希望ならば、希望どまりかもしれない。良い事が起きますように。



相性について

相性について書かれた本は山ほどありますが、残念ながら実践では、ほとんど、あてになりません。

五行の生尅で、相手は自分を生じてくれるから吉と言うならば、

相手は自分を生じてしまうので、一緒にいれば疲れてしまう。

自分は相手を剋すことが出来るから吉だというなら、

相手はいつも尅されているのだから、内心は逃げたがっている。

理屈で言うとこうなります。また昔から、一部の人には知られていたことですが、

九星では同じ年に生まれても、男女では本命星が変わるのです

このことは最近中国の風水師の先生方が注目されるようになり、

表の情報として流通し始めましたが、しばらく前までは秘伝的な扱いをされていました。

また、密教占星術といわれるの宿曜経の中に三九の法と言われるものもありますが、

皆さんが自分自身の周りの人間関係から推し量れば結果は見えてきます。

占術の世界でも世間と同じように誤った情報は致命的な誤りを犯し

占いの知識など無いほうが、かえって自由で積極的な生き方が出来ます


実践では、相性は第一印象での相性、肉体の相性、お互いの思いが接近したときの相性と多々あり

中でも厄介なのが精神的な結びつきが異常になる相性です。

これはお互いのバランスが崩れ始めると苦しい、できれば避けたい相性です。

一番良いのはお互いが理解し協力しあおうという

パートナーシップが生まれる相性がベストだと思っています。

これは元命式が読めると簡単にわかるものです。

ただし、第一印象の相性では本人同士はあまり気づけません

それ故、ビビットとこない相性の人にたいしても、いい人です。

会ってみて下さい。とお伝えします。

人生は良い人と出会えれば苦労の半分は消えますが、半分は残ります。

それを一緒に乗り越えていけるパートナーと是非出会って下さい。

人生が楽しくなります




易について

自分が向かっている方向の天気予報図としての易の使い方は前回までの話で充分だと思います。徹底的に実践すれば思う事のそのままが易の象意として現れてくるのですが、他人の依頼や、易象の中から、もっと詳細な情報を得ようとするならば、先達が命を削って、作り出した様々な周易の流派、占断方法があります。また、同じ易でも梅花心易、断易(私が使っているもの)があり、奥は深く果てしのないものです。断易は易経の象意を参考程度に使用しますが、それでも、ときどき象意そのものが実践に重なり、ウナラされる事があります。梅花心易もとても優れた占法だと思います。興味のある方は専門書をお探し下さい。

易に慣れたら、易経の繋辞伝上下を読んで見て下さい。最初からこれにあたると、高貴な文章なのでなにがなんだか解らなくなりますが、実践の経験があると、全てが腑に落ち、宇宙のなりたちも、もしかしたら........。ぐらいまで意識がひらいてきます。哲学として見るより、精神世界の教科書としてみることのほうが良いと私などは思っています。膨大な生きる知恵と励ましがそこには書かれています。読んでみて下さい。


易が当たらない?

易は当たるも八卦当たらぬも八卦と言いますが、実践では当たらないことが時々あります。

でも、出ている卦を事実を踏まえ読み直すと、ほとんどの場合、当たっています。

当たらないのではなく読み間違いがあるのです。

私も先日、占い知恵袋のお悩み相談のコーナーでこれをやりました。

私は結婚できますか?の問いに、出来ます。と答えました、そのときの答えがこれです

回答日時: 2009/9/11 14:00:13
今のままでも結構幸せなのに、貴女の方からはっきりとした形にしようとすればするほど、傷が表に現れる相性です。できれば、彼からのプロポーズを待って下さい。されると思います。その上で、彼の病気も含めて受け入れる事が出来るのならば幸せになれますよ。貴女がゆれなければ大丈夫です。


ところが、何日もたたないうちに、相手から婚約を破棄されたとの報告がありました。

婚約?........。聞いてないよ.......。


そのときの卦を見返すと、既婚者なら主人が動く、ないなら成婚の卦です。

易卦は彼らの動きを見事に写していたのですが、私はそれを読み切れませんでした。

私には「婚約している」の情報が無かったからです。

婚約をしている事を前提に読み返すと、婚約したのに本人の迷いが露骨にでてしまい諍いの後

相手が自ら退いたと言うストーリーが現れてきます。

彼にしてみれば愛するがゆえに、彼女を苦しませないように

自ら退いたということでしょう。もう少し早く相談され、正確な情報があれば、

大きな気持ちで、くよくよせず彼の全てを受け入れる事をして下さい。

相手に気を使わせない事が第一です。

そして彼が貴女に全て受け入れられていると確信できたとき結婚にいきつきます。

と言えたはずです。後の祭りですね。


易神の言葉を正しく翻訳するには、私のような凡人は先入観を排除して

正確な情報の元に判断する事が不可欠です。

これは依頼する方も、正確な情報を占者に提示しなければ、

占者は読み違える可能性があるということです。

易は完璧ですが人は不完全な生き物と言う所でしょうか。

いい勉強をさせていただきました。








易の使い方 練習2

今回は個人的な使い方を練習してみます

彼との出会いがない場合 

1何が原因かを問います?

Aさん (いままで何人かと付き合った事がある人)

天が1地が7 乾上艮下 天山遯(とん) 2爻変

遯は逃れる、退くの意味です 2爻変を参考に考えると

前の彼氏と別れてから少し時間も立ったので、新しい彼氏と出会いたいのだが、実は、自分を曲げてまで変な奴とは付き合いたくないし、そんな男と出会っていない。今は自分をもっと素敵な女性にするために色々な学びの時、気にする必要ないし、この考えは正しい(2爻変)。正しいと言うことは、次はとても良い人と出会える可能性がある。

原因を問う事で、解決してしてしまったようです。そのときを待つ事です。本人が前向きになれたときが「そのときです」

Bさん (あまりお付き合いをした事が無い人)

付き合いたい気はあるのだけれど、何か怖いし、誘ってもらっても、乗り気がしない。我が儘な訳ではないが前に進めない、後ずさりばかりしている。気後れが原因です。そして2爻の変は、それでいいと言っています。

2、どうすれば素敵な人と出会えるか? (Bさん)

天4地6 震上坎下  雷水解 4爻変

困難が解決する卦です。その方法は、動いて険難を逃れるとあり、その方向は西南(坤の地)、「坤」には母親、の意味があり育った場所、地元、また、安全で気取る必要がない場所、等の意味が考えられます。

積極的に自分から、異性もいる場所に出かけてみる事、ただし、その場所は自分も慣れ親しんだ場所で、安全な場所です。その上で、四爻を実行してみて下さい。ちょっとだけ勇気がいります。

(四爻は易経で確かめて下さい)

こんなふうに、易を使う事もできます。ポイントはそれぞれの卦に書かれた文をイマジネーションを駆使して現実と突き合わせ、翻訳していく作業こそが易の醍醐味だと私は思います。





周易の使い方 練習1

鳩山内閣が発足したので、ちょうど良い占いの練習として、占ってみます。

癸酉月 甲子日 ( 2009年 9月16日)

午後10時45分 天のサイコロが2、地のサイコロが3で天が兌、地が離 沢火革 六面体が上爻

易経を出して目次から「革」を選び読んでみて下さい。

起きている、そのままが示されたようです。上爻を読むと「君子豹変す」とあります。

君子は大人より一段したとあります、高級官僚と言う所でしょうか。素直に従うふりをすれば吉とあります。

官僚政治からの脱却をうたい文句にしただけに、官僚に対する警鐘がならされているようです。

もしかしたら読者に官僚の方がいて、そのかたに対するメッセージなのかも知れません。

私の問い方が少しアバウト過ぎたようです。

経済はどうなるか

天が5、地が3 変爻が5

風火家人 5爻変  「家人」の項を開いて下さい 女の正しきに吉とあります。

国内の経済需要を第一にし、正しきに吉とありますから、不正や矛盾を極力排除し、

使途不明な税金の無駄使いをただし、誰もが納得する経済対策を行えば

国民から指示されると言う事でしょう。

5爻の変は夫婦相和し相応じるとあります。

政治主導と言うからには政治が主人で経済が妻となり、

お互いが歩み寄り、お互いを尊重すれば吉ということでしょう。

これは同時に、今まで以上に政治家が経済人と交わり、

お互いを勉強し理解し合わなければならないという事だと思います。

どんなに中の良い夫婦に見えても、すこし風が吹けば

誤解と錯覚がほころびとして出てくるものです。

最初からコミュニケーションの大事さが示されています。

たぶん、民主党は経済界との交流が自民党ほどは表立ってはないのではないでしょうか。


政治と経済の「夫婦関係」がうまく行けば日本経済は良い方に行くのかもしれません。

条件が揃わなけれ不吉ということです。

国際関係は

天が6地が7 上爻変

坎上艮下 水山蹇 今度は「蹇」の項を読んで下さい。

面白いですね。蹇の卦の直前の卦は「けい(目へんに癸)」で、

これは背(そむ)きあう意味です。そして「塞」は困難、進みにくいの意味ですね。

どこかの国にNOを言って外交が頓挫したり、こちらの目論みが反古にされたりが予想されます。

上爻変の項を読むと、独力ですすめば悩みあり、大人を見るに良しとあります

外交上の強力な味方を今のうちから探し、アドバイスを受ける事が第一に必要な事ではないでしょうか。


皆さんも自分なりの易を立ててみて下さい。


易の面白さ1

易経を手にして何処が面白いの?と言う方のために少し解説をします。

本当の面白さは、占いをし、易経に書かれているた事と、実際に起きている事が一致したときの驚愕が第一ですが、それは前回に書いた事を実践しなければ味わえません。実践して下さい。

読み物、哲学としての面白さは、やはり繋辞伝にあります、岩波本でも下巻の後半に載っています。

「易に太極あり、これ両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。」

「一陰一陽これを「道」と謂う」等々、東洋思想の根幹の思想を解説しています。

読み物として読む場合は頭の体操です。自分の想像力が試される。作者に逆らわず作者のイマジネーションの中で一緒に遊んでみて下さい。読み終われば世界が変わって見えるかもしれません。







周易の使い方 

たぶんですが、易経を手に取ってみても、よっぽどの古典好き以外の方は、わけわからずに投げ出してしまうと思います。そこで、やはり、占いの道具としてアプローチするほうが好奇心が長続きしますので、簡単な周易の卦のたてかたを解説します。

用意するものは8面体のサイコロ2つと6面体のサイコロ一つです。大きさは良く転がる大きさのものを選んで下さい。用意できたら8面体のそれぞれを天のサイコロ、地のサイコロにわけ(自分の好みで決めて下さい)できれば、天と地を色分けすると後々便利です。

次にメモ用紙などに

1乾(天) 2兌(沢) 3離(火) 4震(雷) 5巽(風) 6坎(水) 7艮(山) 8坤(地)

と書き、側に置いて下さい。これが八卦です。そしてサイコロの数字がこれに対応します。八卦はそれぞれ陰陽の3層からなり、天地あわせて6層の陰陽の気から成り、これが全部で64あり、大成卦といい易経で解説されているものです。6面体のサイコロはこの6層の下から1、2、3、4、5、6とそれぞれの層の位置に対応しその層の陰陽が反転する事をあらわし、事の変化を知らせます。

天地のサイコロを決めたら次は、占いたい事を出来るだけ具体的にイメージし、易神に問います。(神と書きましたが、これは、問う者の現状をリアルに天地の理を解説した易卦に映し出す作業であり、強力な支配神が決めているものではありません。そうゆう意味でも易は個人、集団を映し出す鏡のようなもので、自分と直面するための道具です。)


たとえば、今日一日どうですか?と問うよりも、今日の会議ではどのような心がけで望めばうまく行くか?
とか、彼の気持ちはどうなのでしょうか?と問うよりも、自分の彼に対するベストの対応の仕方はどうでしょう?と問う事です。

相手がいる場合は、二人は結ばれますか?と問うよりも、結ばれるにはどうすればいいですか?と問い、その努力をしばらく続け、相手の態度、自分の気持ちが変わった時に、今度は結ばれますかと問う事です。そのとき答えはでます。

この、何を問うかが一番のポイントで、物事をなすには必ず段階が必要です。上手に問えるようになって下さい。

次にサイコロの振り方ですが、それぞれです。何かの器の中に振り込む人もいますし、置いた数珠の中に振る人もいます。できれば、清潔なハンカチ等の上に振り込んで下さい。注意ですが、ハンカチの上から転がり落ちる事があります。これは神無しとか色々言い方があるのですが、既に本人が答えを持っていたり、問うべき事ではないことを問うている時に起きることと言われています。そのときは問い方を再考して下さい。

卦が出たら今度はその卦象の爻を本から探します。少しめんどくさいですが慣れです。ネットなどでも便利そうな図とか出ていますので参考にしてください。

3個のサイコロを同時に振って、天のサイコロが2、地のサイコロが4と出たら 兌と震ですから沢雷です。次に6面体が3であったら、下から3番目の爻の陰陽が変じることになり、震下兌上 沢雷随となり、その項目と後半に書いてある爻辞の3爻目を読みます。

恋人とうまく行くには?の問いでこの卦が出たら、素直に従えば何事もうまく行くと言う卦なのですが、それには条件があり、貞(ただ)しければ大丈夫というものです。このとき、自分は相手に対し本当に誠実か、誰かと比べていないか、と自問するときです。少なくとも相手が自分を裏切る事は無いが、自分のフラフラする気持ちが相手に疑念を持たせてしまったり、チャンスの時期を逸する事に繋がると解釈します。

次ぎに3爻の変を読むと年下の男の子と同年代より上の逞しい男子の狭間で迷っている姿であり、その上、その男性と不倫関係を疑われかねないから、注意しなさいと身辺注意の警鐘を鳴らしています。

彼は誠実だけれど嫉妬深いと言う事でしょうか。

今日の会議はどうだ?の問いでこの卦が出たら

戦うよりも、相手にしたがって、だからと言って、へつらう事なく当たり前のこちらの主張を動かさなければ、誠意が相手に通じ、お互いが徳になるような商談ができる。ただし、他社とのあからさまな比較や、腹の底に何かを隠しているような、相手に勘ぐられるようなことをすれば、もとも子も無くなるよと言う話です。あくまでも、正しければ通る。ということです。

とにかく使うことをお勧めします。




2010 5月21日

5月21日
韓半島でのキナ臭い報道が現実を帯びてきたので易を立ててみました

雷地豫 初6の変爻です。民意を得て軍を動かす卦です。

特に初6は強い援助者の威をかり傲慢にならない事を戒めています。凶ですね。

南側は、北側をしかるべき機関に訴えるための材料を充分に準備でき、

民意も一つになっています、

訴状を国連の安保理に提出した時点で、北が動く(南下する)ようにも見えます。

ただ、私の見立てでは

北側には南下を続けるだけの資金も食料もありません。

最初から隣国の仲裁を頼った、ヤクザさん的に言うなら

シノギのための威嚇です。最終的には経済援助で話をつけたいようです。

威嚇はインパクトのあるほうが効果的で、

ミサイル恫喝や核攻撃を臭わせてくるのかもしれません。

これを止めるには経済援助が最上の方法ですが、

雷地豫では無理かもしれません。

南側の敵意は卦を見る限り激しいものがあります。

沈静化する事を切に望みます。

過去の相談項目

はじめに

はじめに

世の中にはとても高い的中率の鑑定士さんや占師さんがいます

ところが、その的中率の高さに、

「運命は決定している」

と誤解している方が多く運命絶対論になっています

しかし、これは救いの無い世界で、鑑定の意味がありません。

鑑定とは、やはり、今をより良くするための努力の方法を

指し示し、ぐるぐると迷ってしまった人生に新しい希望の光を

与えるものです。

そのような心がけで日々研鑽を重ね、鑑定をさせて頂いております。



まあ、易は陰と陽です。堅いことばかり書いていますが、堅い問題から、柔らかい問題まで気軽にご相談下さい。



企業人事

一部上場の大企業でも、中小企業でも経営者の一番の悩みは、やはり人事です。

会社にとってもトップの運勢は経営に直接影響し、知らなければ、惨い事が起きかねません。

また、採用についても、会社にとって財産となるのか、腐った林檎となるのかは、

どんなに名門大学を卒業していても、半分、博打のような所があります。

特に途中採用の人事に関しては気をつけなければなりません。取引先との関係にしても同じです。

相手の本質を見抜く手段に活用して下さい。

これこそが四柱推命が生まれてきた本来の仕事であり、

最高のリスクマネージメントであると自負しております。



希望を叶える事

いにしえより夢や希望を叶えるために必要なことは

天の時(その人の運気、運気) 人の和(協力者、支持者) 地の利(自分の技術、能力、環境)

だと言われています。一つ欠けてもなかなかうまくいかず、

中でも天の時を知る者は稀だと言われています。

人の和と地の利は努力次第で何とかなり、

そのうえで天の時を待つことから「人事を尽くして天命を待つ」と謂う諺が生まれたのだと思います

そのくらい、この天の時を知る事は大事な事で、それを知る事が出来るゆえに

四柱推命は君子立命の学と呼ばれ、推命学の最高峰として認知されています。

しかし、実は、これだけでは人は救われません。占いに詳しくなり、当たれば当たるほど、

運命は決まってしまっているんだ、何をやっても無駄だと宿命論と占い依存症に落ちてしまいます

運命は変える事が出来ます。それは何より、持って生まれた自分の運命の傾向を知り、

良いものは伸ばし、社会人として、自分のためにも他人のためにも

ためにならない傾向(無責任、利己的等)を修正する事により

天の時を常に引き寄せる力を養う事

これこそが運命学がこの世に存在する本当の意味です

洗心庵では、夢や希望を叶えることが自分自身の成長に繋がるような鑑定をしていきます








相性

相性について書かれた本は山ほどありますが、残念ながら実践では、ほとんど、あてになりません。

五行の生尅で、相手は自分を生じてくれるから吉と言うならば、

相手は自分を生じてしまうので、一緒にいれば疲れてしまう。

自分は相手を剋すことが出来るから吉だというなら、

相手はいつも尅されているのだから、内心は逃げたがっている。

理屈で言うとこうなります。また昔から、一部の人には知られていたことですが、

九星では同じ年に生まれても、男女では本命星が変わるのです

このことは最近中国の風水師の先生方が注目されるようになり、

表の情報として流通し始めましたが、しばらく前までは秘伝的な扱いをされていました。

また、密教占星術といわれるの宿曜経の中に三九の法と言われるものもありますが、

皆さんが自分自身の周りの人間関係から推し量れば結果は見えてきます。

占術の世界でも世間と同じように誤った情報は致命的な誤りを犯し

占いの知識など無いほうが、かえって自由で積極的な生き方が出来ます


実践では、相性は第一印象での相性、肉体の相性、お互いの思いが接近したときの相性と多々あり

中でも厄介なのが精神的な結びつきが異常になる相性です。

これはお互いのバランスが崩れ始めると苦しい、できれば避けたい相性です。

一番良いのはお互いが理解し協力しあおうという

パートナーシップが生まれる相性がベストだと思っています。

これは元命式が読めると簡単にわかるものです。

ただし、第一印象の相性では本人同士はあまり気づけません

それ故、ビビットとこない相性の人にたいしても、いい人です。

会ってみて下さい。とお伝えします。

人生は良い人と出会えれば苦労の半分は消えますが、半分は残ります。

それを一緒に乗り越えていけるパートナーと是非出会って下さい。

人生が楽しくなります



恋愛相談

恋愛は人間の本性のようなものですね。もの心がつきはじめると、

物にも人にも好き嫌いをハッキリ出し始めます。

そして、「これが欲しい」この心が、それを得るためには、

どうすれば良いのかを考えさせ、知恵が生まれます。

特に「恋愛」と「将来の夢」と言うのは行動に力を与え、

人生を創造するための大きな要素です。

いろいろな出会いがあり別れもあります。

できれば自分を成長させるような関係が一番ですが、

別れることも必要な場合もあります。

別れは、「さよなら」だけではなく新しい出会いのための一歩です

前を向いて歩みだして下さい



夫婦問題

夫婦は、何か絆(きずな)を持っていること(子供、趣味、生活力等々)、

決定的に相手が嫌うことをしないこと(していても相手には知られないこと)、

そして、いつも愛し合っていた時の記憶を「お互い」が再現できることが、大事なことですね。

毎日の会話、コミュニケーションが何らかの形で継続していることが大切で

その人のあらゆる行いが会話の手段になります。

パートナーのコップにジュースを注ぐのも、

朝、パートナーの靴を揃えることすらも、

会話の一つです。工夫してみて下さい。

長年一緒にいる事で相手の事が全て解っていると思ってしまっていませんか?

逆に、相手は自分のことをどのくらい解っているのかを考えれば

わかりますね。

ほとんどの方が「相手は私を解ってくれない」とおっしゃいます

諦める前に相手の心の底を良く知る事です。

仕事で追いつめられ癒しが欲しい人に、愚痴や家族サービスがない不満をぶちまけても

聞けない相談です。それを長い事やっていると家に帰りたくなくなり

外に癒しを求め、家庭を捨てるでしょう

自分がこんなに尽くしても報われない、感謝の一つも言ってくれない

「だから別れるんだ。」

そお言う前に、もう一度相手の事、自分の事を考える時間を持つことをお勧めします

せっかくこの世で結ばれたご縁です。大事にして下さい。

家庭がオアシスでなくなれば、誰も家に寄り付かなくなります。

掃除と片付け。ここから初めて下さい。

食事の手抜きと、汚い家には帰りたくないのは人情です。

もう少しだけ頑張ってみませんか。



不倫

自分のパートナーに満足していれば不倫は起きないという人がいますが

それは少し違います。自分に正直に生きたい星を持っている人は

人の目を気にしながらも愛に生きようとするし、受け入れようとします

不倫自体は善でもなければ悪でもありません。ただの人の行為です

しかし、社会的に許される行為ではありません

どこかで上手に落としどころを見つけなければなりません

ほとんどのかたは行く所まで行かないとどうにもならない事を頭では解っています。

また運勢にだまされ、しなくてもいい不倫に落ちている人もいます。

客観的に自分を見る機会としてご利用下さい。

不倫に悩む方の多くはあちらこちらで占師を頼み、散財し、

納得出来ない答えのまま彷徨っている方が多いのですが

そのような方は、自分自身とお相手を知るために

運勢を1から学ぶ事が本当の意味での解決に繋がります

教室で学ばれる事をお勧めします。

その上で自分でどうするかを判断して下さい。



仕事、適職

仕事と適職については、本人になりたい職業がある場合は、どうすれば一番近道で成功できるかを解説します。これは、積極的に進むべき時期、進んではいけない時期その時の注意点を解説いたします。

また、漠然とした適職についての相談には、このように答えることにしています。

先ず、あなたは何になりたいですか?自分には何が向いていると思いますか?

それが解らないから、高いお金を払って聞きに来ているのだと言う人もいますが、たいていは、今の仕事が自分に合っているか知りたいんですとおっしゃいます。

しかし、この場合、実は仕事の内容がどうこうと言うよりも、職場の人間関係がうまく行かない。どうしたら良いのでしょうか?が真実の問いの場合がとても多いのです。人間関係さえどうにかなれば、仕事は嫌いじゃないし、それなりに楽しい。でも.....。

この場合は本人の性格と他の人からどう自分が見られているかの解説をし、どのような心構えで人間関係をつくれば良いか、今までの人間関係に何が不足しているかを具体的に話していきます。その上で運勢上の時期における現象を解説します。






縁談

子供の縁談は親にとってみれば心配の種ですね。本人にとっても同様です

出来れば子供の自由に任せ、好きな人と結婚するのが一番だと、どの親も思っているのですが、

我が身を振り返った場合、長い月日がたったとき、こんなはずではなかった、

人は変わるものだと実感している方もいると思います

少なくても自分の子供にはこんな苦労はさせたくないと言うのが親心です

子供が男であろうが女であろうが同じです

できれば良い相性の方を選んであげて下さい




姓名判断 子供の名づけ

子供の名づけ姓名判断については
www.urban.ne.jp/home/ho5135/seimei4.htmlを参考にしてください。中にある山本式は推薦いたします。無料で、その上これだけの情報量があれば充分だと思います。必要な時に使ってみたらいかがでしょうか。あれこれみんなで考えるのが、赤ちゃんのためには良い事だと思います。父と母の責任で子供の名前をつけて下さい。その子が一生背負う大事な名前です。




復活愛

お互い納得ずくで別れた方はあまり、復活愛を言いません。

明確に自分から事を起こした上で元に戻りたいと言います。

完全にリセットするには相手の自分に対するマイナスな記憶を消す必要があり、

傷つけた相手の傷が癒えるのを待つ必要があります。

しかし先ずは自分自身のために自分を知る事から初めて下さい。

成長に繋がります。

(ストーカーとして近接拒否がかかっている人等の決定的な別れかたをした人との復縁方法は残念ながら私どもにはありません。他の先生を頼って下さい。)




晩年の恋愛

還暦を過ぎた方達からの恋愛相談が時々あります

殻に閉じこもらずご相談下さい。

恋愛感情が問題なのではなく、

孤独な境遇が問題の場合が多々あります

客観的な意見を聞く事が必要なのかもしれません



人生相談 人間関係 その他

人生相談一般 選挙、経営、病気、失せもの 家相 等々 ご相談下さい。秘密は厳守いたします。












 


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